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1973年5月22日、熊本大学第二次水俣病研究班が熊本県に提出した報告書に、1960年で終息したとされた水俣病の発生が慢性発症(慢性水俣病)の形態でその後も続いていること、さらに八代海と対峙しない海岸線の熊本県有明町(天草上島・現上天草市有明町)に認定基準を満たす水俣病患者8人、疑いの持たれる者2人、要観察者9人の存在を示す記述のあることが報道されました(朝日新聞、1973.5.22)。これは有明海の水銀汚染源がチッソ水俣工場以外、すなわち有明海沿岸の宇土市(および大牟田市)で操業する2つの水銀を使用する事業所であることを推論したものであり、新潟水俣病に続く、第三の水俣病が起きているとの報道でした。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染 – 第二章 – 徳山湾第四水俣病" を続けて読む

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依頼したセレサン石灰の水銀分析の結果報告が夏至の翌日22日にありました。分析に供した「セレサン石灰」は山本農薬株式会社府中工場で昭和36年1月10日に製造されたものです。タルク29.88%および消石灰(Ca(OH)2)69.7%の増量剤(あるいは基質)に対し、0.42%(Hg換算では0.25%)の酢酸フェニル水銀を含ませた製剤です。結果は前回記述した予想のほぼ範囲内でした。 ... "セレサン石灰 – 分析結果と考察" を続けて読む

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