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我が国の稲作においてニカメイチュウの退治、および稲イモチ病の予防と治療によって収穫量を確保することが重要課題でした。ニカメイチュウの駆除として有機塩素系および有機リン系農薬を使用することで満足な効果が得られました。一方、稲イモチ病対策としての水銀系農薬(商品名 セレサン石灰,主剤 酢酸フェニル水銀)の散布が1953年に始まり、2年後の1955年には全国的に普及しました。実際、1954年に5800万石だった米石高が1955年には8000万石という大豊作を得て、水銀系農薬散布が稲作には切っても切り離せない技術・農作業という意識・認識が出来上がったようです。米石高の安定的確保をもたらした各種農薬散布でしたが、初夏の風物詩である「ホタルの乱舞」があっという間に衰退したように、水田を取り巻く小河川において生態系の異常が発生しました。その後、食生活の欧米化によるパン食の定着に伴う米飯離れによって引き起こされた余剰米の問題を解決するため、減反政策が推進されました。暫くの時を経て、再び「ホタルの乱舞」が山里に近い小河川で見られるようになりました。まさに、「ホタルの乱舞」の衰退が様々な農薬散布によって引き起こされていたことの説明となっています。

... "酢酸フェニル水銀系農薬によるメチル水銀汚染 -1952~1961年における鹿児島県各地域の出生数と死産率の変動について-" を続けて読む

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