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我が国におけるメチル水銀汚染-第五章 北海道 – 1. 常呂川水系

我が国における魚介類の水銀に暫定的規制値として、平均値として総水銀で0.4 ppmかつメチル水銀で0.3 ppmを超えるとされています(1973.7.23,厚生省)。しかし、例外措置としてのマグロ類(マグロ、カジキおよびカツオ)、深海魚類、および内水面水域の河川産の魚介類(湖沼産は除く)に、暫定的規制値は適応されていません。深海魚は漁獲が少ないことを例外理由として説明されています。マグロ類は近海魚でなく、人工汚染の考えにくい大洋の回遊魚ということをその理由としたのではないかと思います。しかし、実際は、漁業経済上、規制から外す選択しかなかったのでしょう。一方、川魚が水銀規制されない理由を構築した調査・研究を今回、紹介したいと思います。

北海道では水銀鉱山(廃坑を含む;所在は無機水銀)がある河川流域の川魚の総水銀濃度が汚染レベルであるとして調査されました(山中すみへ・上田喜一,魚類における水銀の動向について 日衛誌, 29,574-581, 1974)。試料採取は1970年です(酢酸フェニル水銀系農薬使用の最盛期が外れていたという現実を無視せざるを得ない調査・研究ということになります)。①水銀鉱山(廃坑)を経由する河川流域;常呂川水系のイトムカ川と無加川のウグイ総水銀濃度(THg)・(試料数=平均値の数→試料個々のデータの記載はなく、平均値が掲載されています,mean±sd(平均値の平均値±標準偏差・ppm);6,0.92±0.44)②水銀鉱山を通過する河川水が直接的に流入しない河川流域;常呂川中上流のウグイTHg(3,0.52±0.06)との間に差はありません(p=0.174;あくまでも平均値の平均値の差の検定による)。しかし、③対照流域(青木弘,水銀による環境汚染に関する研究, 第2報,日衛誌, 24, 546-555, 1970b);北海道各地のウグイTHg(6,0.19±0.06)を加えた3地域間には③が最低の有意差(p=0.003)がありました。水銀鉱山が流域に在る河川(①無加川)が水銀に汚染されるので、①の河川を生態系とする川魚がそれらの水銀に汚染されたと認定したということです。また、①を生態系とする川魚が、②(常呂川中上流)のような流域に回遊し、また②を生態系とする川魚も①との間を頻繁に回遊するので、両者間のウグイTHgに差はないと説明しています。しかし、①の無加川で最高の平均値は1.80(範囲;1.1~3.0)ppmであり、②の常呂川中上流の平均値は0.50(0.28~0.72)と0.59(0.50~0.74)ppmと報告されています(ibid,山中ら,1974)。例数や標準偏差などの記載がないので統計処理はできませんが、互いの範囲を比較すれば、無加川で最高の平均値は常呂川中上流の2地点の平均値と明らかに差あると判断すべきでしょう。また、無加川水系において、水銀汚染源であるとした水銀鉱山に最も近い下流(イトムカ川)で採集したウグイのTHg(平均値;0.70 ppm)が最高(イトムカ川から45 km下流の無加川・北見市中心街から5 km上流のウグイTHg・1.8 ppm⇔上述の値)ではありません(ibid,山中ら, 1974)。環境汚染において、汚染物質の発生地が最も汚染されるはずですが、山中らは、汚染発生地に最も近い地点の川魚のTHgが最高でない理由ついて説明していません。山中らは、無加川は地層性で汚染帯が広い水銀鉱脈による自然汚染と結論し、水銀鉱脈が唯一の水銀負荷源であったと主張しています。

1970年代における川魚の生態に対する一般的認識(世間の常識)は、全長120 kmの常呂川水系を「ウグイが縦横無尽に遊泳・移動する」だったようです。工場廃液を流した昭電鹿瀬工場から60 km下流の阿賀野川下流域で26人の急性・亜急性水俣病患者が発生しました。同じ期間に鹿瀬から下流域間の阿賀野川中上流域で急性・亜急性患者は発見されていません。「川魚が縦横無尽に遊泳・移動する」が証明されていないのに、「川魚」を「ウグイ」に置き換えれば成立する、と説明されても、納得いくものではありません。それでも、その川魚の生態に対する一般的認識を前提として、常呂川中上流ウグイの0.54 ppmを自然汚染魚と結論するのは無理筋だと考えます。ただし、イトムカ鉱山の主要鉱石は自然水銀(金属水銀Hg0;液体)でした。一般的な水銀鉱石である辰砂(硫化水銀;HgS)は化学的に非常に安定しています。その為、無加川底泥水銀が他所の無機水銀よりメチル化し易く、無加川生態系のウグイTHgが③のそれらより高かったことは十分あり得るでしょう。無加川水系の水銀鉱脈が水銀負荷源のひとつであることを支持しています。しかし、②>>③(p<0.001)の要因が水銀鉱脈であることを支持する証拠として「ウグイが縦横無尽に遊泳・移動する」を充てるのは、やはり無理です。山中らは、無加川と常呂川の合流地から5 km下流地点のウグイのTHg(0.60 ppm)を測定していますが、①の0.70 ppmより低いが②の0.52 ppmよりわずかに高いことについて説明していません。常呂川中流(0.59 ppm)から30 km下流地点が0.60 ppmという測定値は、この地点の生態系の水銀負荷源が無加川流域および常呂川上流域から独立していることを示唆しています。イトムカ鉱山だけを水銀負荷源とするのでなく、無加川を含む常呂川水系に縦横に走っている水銀鉱脈層が負荷源というのであれば、相応の説明になっています。ウグイのTHgレベルの相違は水銀鉱脈層中の水銀含量に依存しているとの説明です。もちろん、裏付けとしての水銀鉱脈層の調査(河川底質のTHg測定)が必要でしょう。しかし、山中らの調査・研究は、イトムカ鉱山以外の要因を検討することなく、「無加川がイトムカ鉱山の水銀に汚染されていた」ことを前提に実施されしまったということのように思えます。

ところで、1995~2014年(20年間)の常呂川日の出および無加川西10号で採集された底泥およびウグイの総水銀濃度が報告されています(北見市広報 2008, 2015)。常呂川日の出の・Fish;ウグイ/ Mud;底泥のTHg(ppm)の幾何平均値(95%信頼区間,例数);0.189(0.163-0.219,16)/ 0.058(0.048-0.071,20)、および無加川西10号のF / MのTHg;0.256(0.199-0.329,20)/ 0.230(0.154-0.345,20)です。ウグイ試料は常呂川下流で合流する仁頃川の上仁頃市街地(0.250,0.216-0.290,15)もあります。ウグイTHgも底泥THgも無加川>常呂川ですが(p=0.048 and p<0.001, respectively)、3地点のウグイTHgは差のある傾向に止まります(p=0.060)。無加川と常呂川との統計学的比較から、定量的にも無加川底泥の総水銀の主体が水銀鉱山に由来する水銀だと考えられます。しかし、底泥総水銀のウグイの総水銀への移行比(F/M・比)が無加川(mean±sd;1.20±0.60)で常呂川(3.25±1.09)より有意に低いことから(p<0.001)、ウグイにとって生物濃縮しやすい化学形態であるメチル水銀の底泥総水銀中に占める割合は、無加川より常呂川の方が有意に高かったことが予想できます。

底泥水銀がウグイ水銀と連動しているかを確かめる必要があります。単相関関係をみると、底泥THg(X)とウグイTHg(Y)との関係は、常呂川(j)でYj=0.790Xj + 0.143,無加川(m)でYm=0.194Xm + 0.208と表すことができます。すなわち、常呂川の底泥水銀の79%が、また、無加川の底泥水銀の19%が、それぞれのウグイ水銀に寄与しているという統計結果です。それぞれ対数値における底泥水銀とウグイ水銀とは正相関しています(常呂川;相関係数r=0.596,n=16, p=0.015,無加川;r=0.728,n=20,p<0.001)。しかし、この統計処理は20年間の各年の平均値を変数としていますから、時間分布を無視しており、間違っています*1)。また、試料としたウグイの体長が10 cm以上~25 cm未満と記されています。ウグイの体長も曖昧にしたままの平均値です。底泥水銀のウグイ水銀への寄与は、各年毎に体長(共変数)を調整したウグイ水銀(従属変数)と底泥水銀(説明変数)の重回帰分析から調べることができます。年毎の従属変数が説明変数と有意の関係があることを確認した上で、これらの水銀モニタリングを続けているのであれば、それぞれの変数の経年変動を確認すべきでしょう。 *1)時間分布を無視した相関関係でありながら、堂々と「疫学の例」で教科書に載っています。各年の胃がんの死亡率(Y)が冷蔵庫の普及率(X)に負相関することから、冷蔵庫の普及によって塩蔵品の消費が減ったことで胃がん死亡率が低下した、と説明しています。これは、時間分布だけでなく地理分布も調整していません。間違いです。ただし、食塩摂取量が減れば、ヘリコバクター・ピロリ菌(海洋細菌の一種)の増殖を抑えるので、胃がん死亡率が低下するのは事実です。

.無加川水系および常呂川水系の底泥水銀およびウグイ水銀の20年間(1995~2014年)の経年変動を統計処理しました。体長体重・魚齢)を調整できないウグイ水銀のそれらは参考に止まります。無加川水系では水源に水銀鉱山の在るイトムカ川(幾何平均値 ppm,95%信頼区間 ppm,例数;5.63,4.43-7.16,20)、清水川(4.48,3.59-5.58,20)、北光川(4.80,3.77-6.12,20)、および愛の川(0.92,0.70-1.22,20)の底泥水銀が測定されています。また、無加川流域の底泥試料は北見市街地として西32号(0.24,0.20-0.28,20)、西10号(0.23,0.15-0.34,20)および第1観月橋(0.10,0.08-0.12,20)の3地点で採取されています。常呂川水系では北見市街地の日の出(0.06,0.05-0.07,20)および東10号(0.11,0.07-0.17,12;外れ値を除くと→ 0.09,0.07-0.12,11)が採取地です。無加川水系の底泥水銀については水銀鉱山水系地と市街地を共変数として経年変動を重回帰分析すると、20年間に増減変動を繰り返しながら有意に減少しています(p<0.001)。一方、常呂川水系の底泥水銀は、2001年の東10号で測定された0.8 ppmの外れ値を除けば、20年間に有意に減少しています(p=0.005)。外れ値を含めたままでは有意に減少していません(p=0.538)。本来なら、外れ値は再測定すべきだと思いますが、行政は研究でないことから、何事も無くそのままです。なお、外れ値を含めたままでも、市街地の底泥水銀を、無加川水系と常呂川水系を共変数として重回帰分析すると、市街地の底泥水銀は、無加川水系が常呂川水系より有意に高い(p<0.001)ことを調整しても、20年間に有意に減少しています(p<0.001;例数が増えたことで単純に危険率が小さくなっただけでしょう→統計の怖いところです)。いずれにしても無加川水系における底泥水銀の経年的低下は、水銀の採掘・製錬の中止が起因したと考えて良いでしょう。

20年間を前期;1995~2004,および後期;2005~2014に分け、底泥とウグイの水銀濃度を比較しました。底泥水銀濃度(ppm)は無加西10号で前半0.424/後半0.125と70%低下、常呂日の出で0.077/0.044と43%低下です。ウグイ水銀濃度は無加西10号で0.378/0.153と60%低下、常呂日の出で0.218/0.149と32%低下です。後半において、無加川の底泥水銀濃度は常呂川のそれの2.8倍高いのですが、ウグイ水銀濃度は両者ほとんど同等です。休廃鉱からの水銀の流入量の減少がウグイ水銀濃度の減少と連動していません。休廃鉱からの水銀とは異なる水銀源が無加川および常呂川の市街地に流入していることは否定できず、かつて稲作に使用された水銀系農薬を無視することはできないでしょう。しかし、無加川および常呂川の流域での水田面積などの情報をネットで探しましたが、ヒットしませんでした。それでも、『北見たまねぎや水稲・馬鈴薯・かぼちゃ・にんにく・はくさいなど農産物が多数あります。』、のように北見市の農業についての記述はあります。ウグイの水銀への負荷源として、過去には水銀鉱山、現在もその休廃鉱山からの水銀が正しく寄与しているでしょう。しかし、イトムカ鉱山を閉山した1972年頃までは、稲作における水銀系農薬の散布も同時に行われていました。水銀鉱山以外の水銀負荷源が有るにもかかわらず、一方を無視するのは科学としては間違っています。常呂川水系の水銀汚染の科学的解明を行政のデータで行う限界だと察しました。

全国のメチル水銀汚染では、直接、塩化メチル水銀を排出したとするチッソ水俣工場(熊本水俣病)と昭電鹿瀬工場(新潟水俣病)以外は、この場合の水銀鉱山、全国のクロルアルカリ生産(食塩から苛性ソーダ生産)の水銀法、鹿児島湾と関川流域の火山性水銀のように、無機水銀をメチル水銀発生源と説明しています。いつもの&o論ですが、定量的論述を避けて定性的論述し、焦点を当てない・ぼかすのが行政的方法論です。確かに、科学的に正しいことを伏せて、社会の秩序のために必要悪としてまかり通すのが「政治・行政」でしょう。法律用語における「公共の福祉」では大多数の「」のために、少数の「」が覆い隠されているのが現実なのかもしれません。日本の安全保障のために、沖縄に米軍基地が必要である、というのも「公共の福祉」で説明できそうです。困った、こまった、こまた、小股。科学的解明は、大股では闊歩できないようです。

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