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鹿児島県における月別出生数の経年変動について(予報)

久方ぶりの投稿です。表題についての統計解析が終わってからの投稿だと、何時になるのか予想がつきません。そこで、表題資料を鹿児島県庁で収集している時に気付いたことを中心に報告します。

まず、月別出生数の調査を思いついたきっかけは、前回の投稿である「我が国におけるメチル水銀汚染-最終章 総合的考察(雑感)」に少し記しています。原田正純氏(熊本水俣病で発生した胎児性患者のお父さんと慕われたお医者さんであり、水俣病被害者に寄り添った研究者です)が遺した不知火海沿岸住民の臍帯中メチル水銀濃度のデータの疫学的解析の際に生まれました。

熊本水俣病は水俣市で操業したアセトアルデヒド生産工場の工場廃液中のメチル水銀が唯一の汚染源の「公害」との説明が常識となっています。そしてそんなメチル水銀に汚染された不知火海の魚介類を多食した住民に「水俣病」が発症したと伝えられています。ところで、これまでの熊本水俣病発生と臍帯中メチル水銀濃度の変動との関係についての調査・研究において、疫学的解析の原則である「時間分布と地理分布」の動向ではなく「地理分布を考慮しない時間分布」だけで「水俣病発生と臍帯中メチル水銀濃度の変動」を説明していたように思います。実際、臍帯中メチル水銀濃度の経時的変動とアセトアルデヒド年間生産量との間で算出された有意の正相関関係が、工場廃液がメチル水銀汚染源であることを証明しているとされてきました。

お気付きでしょうか?臍帯中メチル水銀濃度には出生年月日という時間が有りますが、アセトアルデヒド生産量は年間という時間です。両者の相関関係をみるには、年毎の臍帯中メチル水銀濃度に対し、平均値(さらに算術平均でなく幾何平均であるべき→臍帯メチル水銀濃度の対数値が正規分布するので)、あるいは中央値を当てるのが一般的です。これまでは、両者の正しい時間分布を比較していたのではなく、片や生年月日、此方年間と異なる尺度での比較でした。ある研究者がその矛盾に気付いています。しかし、彼が用いた臍帯中メチル水銀濃度の年間平均値は、胎児性患者の臍帯中メチル水銀濃度を特異的に高いという理由から棄却し、その上で算術平均値を求めています。それは、研究者にとっての独自の研究上の工夫と言えるかもしれません。しかし、彼は臍帯中メチル水銀濃度の地理分布を考慮していません。ところが胎児性患者の臍帯中メチル水銀濃度には出水≫水俣≧芦北という地理分布が有ります(胎児性患者以外の試料では 出水≫水俣>芦北 です)。結果的に出水の胎児性患者に高い臍帯中メチル水銀濃度を省いたそれらの年間算術平均値とアセトアルデヒド年間生産量を比較したことになっています。困ったことにこの比較が部分的に地理分布を導入した両者の時間分布を含んでいることから、それまでの両者の調査・研究の相関関係の考察より、一見、正当性が確保されているように見えます。科学的な視点が欠けた相関関係でありながら、むしろ地理分布が加わった(出水が省かれた)ことで、考察もスムーズに展開されているということです。

彼を含めたこれまでの研究者の視点に、工場廃液が百間港から排出されていた1958年8月までの急性水俣病患者が水俣湾沿岸住民からのみ発生したという事実が組み込まれていません。確かに、それまでの胎児性患者が水俣湾沿岸住民に加えて、出水および芦北の住民からも出生しています。胎児性患者の出生に、母の高濃度メチル水銀曝露(量)があるとの先入観があります。母(妊婦)の高濃度メチル水銀曝露では死産が必発ではないでしょうか。胎児性患者を出生した母のメチル水銀曝露量が一般児を出生した母のそれらより高濃度であるのは確かでしょう。しかし、胎児性患者の母の水俣病症状が軽いことを、母への曝露メチル水銀のほとんどが胎児に移行した結果と、多くの研究者が言い放ちます。それらの母の魚食習慣は胎児性患者を産んだ時にのみ多食したのでしょうか?日頃からの魚の多食であれば、妊娠しない時に急性水俣病を発症したのではないでしょうか。胎児性患者の発生には、メチル水銀曝露量もさることながら、その時期が最も影響するのではないでしょうか。高濃度メチル水銀曝露された母の受精卵が着床できたでしょうか。当時の不知火海沿岸住民の女性に死産・流産が頻発したという調査があり(板井八重子;有機水銀濃厚汚染地域における異常妊娠率の推移についての研究,東京大学博士論文集,1994)、水俣湾沿岸を含めた不知火海沿岸住民女性の異常妊娠率が高かったという事実があります。

受精卵が着床しなければ児は出生しません。原田氏が収集した臍帯のうち水俣市の試料では、急性水俣病患者が頻発していた期間、すなわち1955年から1958年において4月および5月の試料が欠けていました。4月・5月の出生は7月・8月の着床です。出生に着目すれば、4月・5月は水俣湾沿岸での最漁期の一部なので(5~7月が最漁期;原田ら2009)、妊婦の魚介類の多食が死産を誘発したと考えることが出来ます。しかし、4月の死産理由の説明は多分に、4月も最漁期に準じる漁獲があるとの先入観が含まれていると思います。一方、着床に着目すれば、7月は最漁期・8月は水銀系農薬の最散布時期です。したがって、4月・5月および7月・8月のメチル水銀曝露量は、魚食量が同等であれば、7月・8月のそれらが高く、妊婦におけるメチル水銀曝露量が一年中で最も高いと思われます。原田氏の臍帯収集に「水俣病患者世帯への偏り」という選択バイアスが含まれていたでしょう。そのため、魚を多食する女性(妊婦)における7月・8月の受精卵の着床が困難だったでしょう。その為、水俣市住民に限った場合、4月・5月の出生児が欠けた臍帯の収集になった可能性が高かったと考えました。

1958年9月~1959年10月には工場廃液は百間港ではなく八幡プールを経由して直接、不知火海へ放出されました。出水および芦北の環境海水のメチル水銀レベルが上昇したと考えられます。不知火海沿岸環境中のメチル水銀レベルがとくに高かったと考えられた1955年7月(以降水銀系農薬散布が普及)~59年10月における原田氏の臍帯試料のうち4月および5月の出生児数をカウントしました。水俣では16人中0人、出水で19人中2人、および芦北で9人中1人、すなわち全体で44人中3人でした。1959年11月(工場廃液が八幡プールから百間港へ再変更された;水銀系農薬は使用中)から1966年5月(完全循環式排水法に変更;水銀系農薬は使用中)における対象児中の4月および5月の出生児数は、水俣で22人中5人、出水で38人中9人、および芦北で14人中2人、すなわち全体で74人中16人です。両期間における4月および5月の出生児分布に差があり(3/41 vs 16/58, Fisher`s exact test, p=0.040)、試料の収集に選択バイアスがあったことを踏まえても環境中メチル水銀レベルが高かったことが予想された1955年7月~59年10月の臍帯試料の4月および5月の出生数が統計学的に有意に少なかったことが示されています。

人口動態統計によって出生・死産(他に婚姻・離婚・死亡)の情報が得られます。不知火海は工場廃液由来のメチル水銀で汚染されましたが、水銀系農薬由来のメチル水銀の負荷もあったと考え(主張し)ています。当然、全国の閉鎖系水域・海域でも水銀系農薬由来のメチル水銀の負荷があったはずです。そうであれば、稲イモチ病対策の水銀系農薬散布が普及した1955年以来、全国的に7月下旬から9月上旬に水田に散布された水銀系農薬由来のメチル水銀が、水田における夏季の灌水に伴って、周辺水域・海域に流出したと思われます。不知火海以外の閉鎖系水域・海域に流出した水銀系農薬由来のメチル水銀は魚介類に取り込まれたことでしょう。メチル水銀レベルが上昇した魚介類を妊婦が多食することによって、受精卵の着床抑制が発生する可能性を考えました。水田からの水銀系農薬由来のメチル水銀の閉鎖系水域・海域への流出による魚介類へのメチル水銀曝露・生物濃縮には若干のタイムラグがあったでしょう。魚介類のメチル水銀レベルは9月下旬まで上昇した可能性があります。工場廃液由来のメチル水銀の負荷があってベースとしてのメチル水銀レベルの高い不知火海と比較すると、全国の閉鎖系水域・海域のメチル水銀レベルが、受精卵の着床を妨げる閾値レベルに達する時期が遅れたことが予想されます。したがって、全国的には6月の出生がとくに抑制されていたかもしれません。

全国の自治体の人口動態統計は、それぞれの自治体で確認出来ます。そこで、水銀系農薬の普及前からそれらが使用されなくなった後までの期間の鹿児島県の月別出生数を調べました。注目は阿久根市・出水市・出水郡(出水保健所管内)、錦江湾奥の隼人町・福山町・国分市(隼人保健所管内)です。鹿児島県全体、鹿児島市、西之表市・熊毛郡(西之表保健所・屋久島保健所管内)などとの比較です。枕崎市も比較してみたいです。

鹿児島県の統計では1952年(s27)から1968年まで、6月の出生数が最少です。水銀系農薬散布の普及は1955年(s30)なので、s27からs30までの6月の出生数が最少であるからといってこの現象が水銀系農薬の散布によって引き起こされたとは言えません。しかし、s31からs40までは、6月を挟む5月および7月の出生数もまた6月に準じて少ないのです。一方で、s27~s30、s41、s42、およびs43の出生数は6月が最少ですが、5月および7月のそれらは6月に準じて少なくはありません。 s27~s30 に関しては、水銀系農薬の散布が普及前であったことで説明できるかもしれません。 s41、s42、およびs43については次のような理由があったと考えています。

s40の6月に新潟水俣病の発生が公表されました。新潟水俣病の発生に工場廃液(阿賀野川河口から65kmにあったアセトアルデヒド生産工場由来)が関わっているという世間一般の常識は、昭和43年(1968)9月26日に出された水俣病に関する政府の統一見解*1)や新潟水俣病裁判の裁決(昭和46年9月29日;被告・昭和電工の敗訴)を受けてのことです。新潟水俣病における急性・亜急性患者の時間・地理分布は、s64.Aug~s65.Julyまでに阿賀野河口から2km~8kmの左岸集落(下山・津島屋・一日市・江口)の18人と5km~8kmの右岸集落(新崎・兄弟堀・森下・高森)の8人です。被告(昭電)は裁判でこの工場廃液原因説に不自然な時間・地理分布を前面として論争しましたが、「塩水楔説」なる机上の空論(河口域における塩水楔は何処でも発生する自然現象だが、河口から5kmまでしか説明できない/塩水楔によって1964年6月16日の新潟地震津波で流出した新潟港埠頭倉庫(信濃川河口)保存の水銀系農薬が原因と主張/信濃川河口域≪阿賀野川河口のメチル水銀汚染レベルが塩水楔・埠頭倉庫の津波被害と矛盾する)を展開したことが敗訴に直結しました。それまでは、津波流出の水銀系農薬説が被告の主張でした。この政府見解や裁判進行を受けるまでもなく、全国の稲作農家が、それまで肌で感じていた水銀系農薬散布の危険性を避けようと、最も必要な時期(8月中旬)にだけ必要量を散布したことで、最少の出生数は6月でしたが、5月および7月のそれらは散布時期の影響が大きく、出生数が6月に準じて少ないという統計でなくなったのではないかと思います。(*1);政府見解→「新潟水俣病は、昭和電工鹿瀬工場のアセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀化合物を含む排水が大きく関与して中毒発生の基盤となっている」→工場廃液はメチル水銀中毒発生の基盤との「見解」であり、それが汚染源であるとの「結論」ではありません。

続いてs41およびs42の5月には農林省から「水銀系農薬に代えて非水銀系農薬の使用を」という農林事務次官および農政局長からの通達がありました。全国の農家、というより農協はこの通達を受け入れようとしたのですが、稲イモチ病に対する水銀系農薬に代わる非水銀系農薬の生産が整っていなかったこともあり、s40とは状況が異なりますが、水銀系農薬散布量が抑えられたようです(*2)。そんなことで、5月・7月の出生に対する水銀系農薬の散布の影響が小さかったと考えます。(*2);水銀系農薬の年間生産量s38;105.4千㌧,s39;131.8千㌧,s40;132.7千㌧,s41;117.0千㌧,s42;60.7千㌧,非水銀系農薬の年間生産量s38;(-),s39;0.4千㌧,s40;6.1千㌧,s41;22.2千㌧,s42;79.5千㌧(石井敬一郎,農薬工業の展望,有機合成協会誌,1968)

水銀系農薬の使用量と6月の出生数に有意の変動関係があることを統計学的に示すことが大切です。水銀系農薬は全国で2300・Hg㌧使用されたこと、都道府県別使用量のデータはありますが、残念なことに使用量の経年変動についての数値データに出会いません。したがって、出生数の変動を農薬の使用状況の経年変化という次元の異なるファクターでの定性的な統計解析に縛られます。選択の余地がなさそうです。それなりの報告への道は遠いようです。いつまで待っても報告できないかもしれません。問題の報告はこの予報にとどまるかもしれません。都道府県別使用量と都道府県別6月(5月・7月)の出生数の変動幅を比較する方法があります。経年的な都道府県別の月別出生数が手に入れば、農薬使用量に対する米生産量を指標とした曝露群と非曝露群との比較なら、それなりの報告ができるのではないかと考えています。簡単にはたら・れば;の世界から抜け出すことはできないでしょう。統計方法の試行錯誤から答えが見つかれば幸いです。

13 thoughts on “鹿児島県における月別出生数の経年変動について(予報)

  1. tetuando

    昭和27年から34年の8年間の月別出生数を使って統計解析を試みています。しかし、6月(and/or 5月)の出生数が水銀系農薬散布の普及によって減少したことを統計学的に示すに至っていません。出生数は昭和22・23・24年という戦後のベビーブームを頂点とて経年的に減少しました。そうです、この経年的減少と6月(5月)の特異的(9月・8月の受精卵の着床抑制に起因した)減少を区別することに行き詰っているのです。一部、経年要因(0~7)と6月(5月)という要因(6・5月=0,その他月群=1)の積を要因とすることで、光は見え始めていますが、この手法自体の是非の問題が残ります。
    一方、出生数ではありませんが、鹿児島県および全国の自然死産率(出産1000人対で表示)は、昭和23年から昭和30年(=水銀系農薬散布の普及年)まで年ごとに低下しています。しかし、この昭和30年を境に、自然死産率は昭和41年まで上昇しています。昭和41年(稲イモチ病対策に水銀系農薬の代わりに非水銀系農薬の使用の農林事務次官通達)・42年(同局長通達)・43年(水銀系農薬の空中散布の禁止)の数値は横ばいですが、昭和44年からは低下しています。昭和27年から昭和43年までの月別出生数では6月が常に最小でしたが、昭和44年から平成元年までの21年間において6月が最小の年は3回に過ぎません。このように鹿児島県と全国の出生と自然死産率の動向が水銀系農薬使用の動向に呼応している(関連の時間性)ことは明らかです。熊本県・新潟県に限らず、閉鎖系水域を抱えている全国の都道府県の出生&自然死産率の動向が一致すれば、疫学における「関連の一致性」を示すことができるでしょう。水田面積をDose(量)の指標として、6月の出生数および自然死産率を比較すれば、「関連の強固性(量反応関係の成立)」も得られると思います。無いものねだりになってしまいます。現状では、ここまで得られたデータによる統計解析を続けるのが唯一の手段です。なるべく早くOB会への投稿を果たしたいと思います。

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  2. admin

    &o氏の「我が国におけるメチル水銀汚染」第一章から最終章までを固定ページに掲載しようと思っています。

    というのは、このホームページを作っているWordPressの管理が意外と大変で、常にWordPressの更新を行う必要があるのです。その更新バージョンが5.2.3に更新できないでストップしています。その原因は、PHPというプログラムを更新していないためです。PHPを更新するには、かなり面倒な作業が必要になります。更新に失敗すると、このホームページの内容がすべて消えることも考えられます。

    内容データのバックアップをとっても、時系列で表示されているホームの内容を復元するすべを知らないので、固定ページへの掲載ということで復元可能にするということです。

    このプログラムの世界で未だにサーバーやホームページのメンテナンスを続けるのは、年齢的に厳しものがあります。

    上記の件よろしいでしょうか。

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    1. tetuando

      お願します。まったくもってMOMOさんの手腕で運営されている海生研OB会HPです。&oにとって、メチル水銀とだけ向き合っていられるのはMOMOさんのお陰です。世間に「安藤説」が認識・浸透することが、MOMOさんをはじめ、海生研OBの皆さんへの恩返しになるのでは、と考えています。よろしく、お願いします。WordPressの更新がうまくいかず、このHPの維持ができないことがあっても、それは仕方のないことだと思います。このHPに感謝・感謝です。消滅した場合でも、これまでの感謝の念で一杯です。MOMOさんの努力に乾杯です。

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  3. admin

    朝7時ぐらいから始め、今も固定ページを作成しています。この作業が終わったら、PHP、WordPressの更新に着手したいと思ってます。

    失敗しないよう頑張りますが、やはり年齢による単純ミスも多く、自信がありません。&oさんも投稿のバックアップがあると思いますが、なければ是非とっておいてください。

    PHPの更新が大分前にやらなければいけなかったのを、放っておいたので難しい状況になってしまいました。少し時間をかけて更新の事前準備をします。

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    1. tetuando

      PHPの更新、成就を祈念します。
      投稿はバックアップしています。我が国におけるメチル水銀汚染の固定ページはこのHP来訪者には見やすい・探しやすいのではと思います。

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  4. admin

    「我が国におけるメチル水銀汚染」の固定ページできました。

    そのほかに”セレサン石灰 – 分析結果と考察、臍帯メチル水銀濃度の謎、セレサン石灰(酢酸フェニル水銀含有農薬)、続・臍帯メチル水銀濃度の謎 – 胎児性水俣病患者を対象として ”がありますが、タイトル(例えば「水俣病関連」?)を決めていただければこれらをまとめて固定ページにします。

    昼食で少し休憩します。一杯やります。

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    1. tetuando

      水俣で起きたメチル水銀中毒症を「水俣病」と表現・使用したことで、「水俣病」の行政認定に範囲が生じました。手袋・靴下型感覚障害があれば水俣病と認定された「新潟水俣病」に対し、不知火海の「水俣病」は、基盤として手袋・靴下型感覚障害を持ち、さらに、運動失調、視野狭窄、言語障害などの中枢神経症状が1つ以上加わっていなければ認定されません。&oは、結局のところ「水俣病」の現状を様々な観点から紹介しているのですが、内容は「メチル水銀の(生態系)汚染」とは、「メチル水銀の生体への侵入・中毒の発現」が中心です。前者に対して「我が国の......」があるのですが、後者に対して「臍帯中メチル水銀」は当てはまりますが、セレサン石灰は後者に該当しませんね。「水俣病関連過去ログ」が有って「水俣病関連」は、ダブリが生じるように思います。「メチル水銀汚染関連」の方が範囲が広くなるように思います。それでも一般人には「水俣病関連」の方が分かりやすいと思います。やはり、結局のところMOMOさんにお任せしたいと思います。

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  5. admin

    「メチル水銀汚染関連」にします。
    「水俣病関連過去ログ」もタイトルを&oさんの意向で変更します。

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    1. tetuando

      長くなりますが、過去ログは省いた「水俣病関連」と、新しい「メチル水銀汚染関連」をひとつにまとめ、「メチル水銀汚染関連&水俣病関連」ではどうでしょう。
      ひとつに出来ないならば、過去ログを除いた「水俣病関連」にしてください。

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  6. admin

    漸く固定ページできました。
    「鹿児島県における月別出生数の経年変動について(予報)」はどうしますか。

    PHPの更新は少し後にします。

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  7. admin

    台風15号は、想像を絶する物凄い暴風雨でした。9日午前1時頃、家の地震のような揺れ、風と雨の音で目を覚まし、3時ぐらいまで眠れませんでした。
    暴風雨がおさまった朝6時頃、パソコンに向かっていたのですが、突然WIFIがつながらず、インターネットに接続できなくなり、光電話も使えなくなりました。多分、海生研OB会も表示されなくなっていたと思います。
    そこでKDDIにスマホで連絡し、問題解決しようとしたのですが一向につながりませんでした。
    結局、すべてが解決したのは夜9時半でした。

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    1. tetuando

      9日の午後・10日終日、非常勤でしたので、返事が遅れました。
      「鹿児島県......(予報)」は、「我が国....」の方に組み入れてください。
      台風15号の被害は尋常ではないようですね。同じレベルの台風が、沖縄・奄美や九州南部に来襲しても、これほどの被害にはならなかったかもしれません。伊豆大島の被害と比べて、千葉の被害は甚大でした。日頃の台風への心構えも、災害の大小を左右するのかもしれませんね。6月末から7月初旬の南九州の豪雨では、出水市の紫尾山では1000ミリを超えました。鹿児島市でも600ミリ振りました。86水害(1993年8月6日)を経験した鹿児島では、甲突川・新川の大改修をしていたのでがけ崩れはありましたが、被害は大したことはありませんでした。600ミリで甚大被害の佐賀県と大違いです。ハザードマップを示すのは当然として、イージスアショワを買う税金で、河川改修を行い、ハザードマップのエリアを小さくする努力が政府に求められているのではないでしょうか......。

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  8. admin

    台風15号の被害は、甚大でした。横浜市金沢区では、9月10日、家から数㎞の環状4号線(土砂崩れ)と国道16号線(足場の崩壊)が通行止めになり、道路の渋滞がかなり続いています。伊勢湾台風を経験した私でも、今回の台風では、夜中の1時ぐらいから目が覚めて、3時ぐらいまで眠れない状態でした。

    「鹿児島県......(予報)」は、「我が国....」の方に組み入れます。

    返信

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