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生態系異常から知る熊本水俣病と新潟水俣病の違い-その2

2015年1月22日(既投稿)-再掲・訂正&「加筆・追記」

熊本における患者発生が水俣湾沿岸に止まらず、八代海(多数の地元民は不知火海と呼ぶ)に拡がり続けたのは、19589月から翌年10月までの工場廃液の排水を百間港(水俣湾内)から八幡(ハチマン)プール(水俣川沿いの廃水溜め沈殿池・上澄み廃液は八代海に放置拡散)に移したことに起因すると信じられています。しかし、これは、世間的通説というべきであり、科学的に証明されたことではありません。熊本水俣病のメチル水銀汚染源がチッソの工場廃液に限られているという思い込みの下では、工場廃液が直接、八代海へ流出したことによって、メチル水銀の急性・亜急性中毒が広く八代海沿岸住民に発生した、という結論に行き着くのでしょう。

報告されている八代海沿岸住民における急性・亜急性患者(*1)は、全て19593正にこの時、患者は八幡プールのある水俣市八幡地区で発生した)以降、すなわち工場廃液が直接、八代海に排出されはじめてから6か月経過してからの発生です。「因果関係の評価における時間の先行性があることから、八幡プールへの排水地変更が関係していたことは間違いないでしょう。その意味では、”排水地変更が、起因=きっかけ”にはなっています。1959年2月から7月に亘って八幡プール地先では、大量の魚斃死が観測されています。しかし、それまで百間港から排水されていた期間(操業開始時1958年8月まで)、1959年11月以降の八幡プールから再び百間港への排水地変更になってからも、このような魚斃死が水俣湾内で発生していません。もちろん、水俣湾外の八代海でもそれらは発生していません。しかし、1959年8月~10月の間、八幡プールに排水していたにもかかわらず、八幡プール地先で魚斃死は発生していません。八幡プールから、突然、MeHg排出が無くなったのでしょうか。そうではなく、1959年8月以降の八幡プール地先MeHg濃度レベルでは魚斃死が発生しなかったと考えるべきでしょう。ところが、1958年8月には八幡プールから北東に15㎞以上離れた芦北地先および北北西に11㎞程離れた御所浦島地先で魚斃死が発生しています。これらの魚斃死が八幡プール廃液中MeHgだけで発生したとすれば、八幡プール地先で魚斃死が発生しなかったことと矛盾します。」「(*1); 1958年9月以前1955年9月(出水米ノ津)、1957年8月(出水米ノ津)、および1957年4月(芦北田浦)に3例の胎児性患者が生まれています。胎児性患者の母は水俣病の症状が見られます軽症です(原田正純,日本ハンセン病学会誌,78,p55-60,2009)。胎児性患者達は当初、母親達がそろって無症状であるとして、水俣病ではなく脳性マヒと診断されていました(水俣病,pp85,青林舎,1979)。ところで、胎児性患者の母が急性・亜急性水俣病であったとすると、その妊娠期間を無事に過ごし、正常分娩が可能だったでしょうか。有り得ません。彼女ら(母)のMeHg曝露レベルは急性・亜急性域でなく、もっと低いレベルだったと考えられます。そのような母の胎内環境の下で、胎児のMeHg曝露レベルは、母の2倍にも達し脳神経系の成長・発達段階におけるMeHg曝露によって重篤な症状を潜在したまま出生しました。だからといって、胎児性患者の母のMeHg曝露レベルは、成人・小児の急性・亜急性発症におけるそれらと同等とは考えにくいと思います。したがって、1958年8月までの百間港からの排水であった期間に、水俣湾外の八代海沿岸で急性・亜急性患者は発生しなかった、すなわち、水俣湾外の八代海沿岸の環境中MeHgレベルは水俣湾内より十分に低かったと言えるでしょう。」

「また、1959年2~5月には八幡プールから北北西に11km程離れた御所浦島(熊本県)および北西に14km程離れた獅子島(鹿児島県)でネコ狂死(ネコ踊り病とも呼ばれたネコのMeHg中毒に特異的な症状を呈している)が連続発生しています。

「狂死数/飼育;観察ネコ数(ネコ狂死比)などの調査は行われていません。八代海沿岸でのネコ狂死比は、水俣湾沿岸74/121が知られているのみで、水俣湾沿岸以外では調べられていません。それでも、水俣湾から遠く離れた(約38km)八代市において、ネコ狂死(分子)は観察されていません。したがって、八代市ネコ狂死比は、(分母は調べられていないが)間違いなくゼロです。食物連鎖を通した生物濃縮によって水俣湾外の八代海の隅々まで水俣湾内と同等のMeHg汚染レベルになったという、これまでの世間の常識は、八代市のネコ狂死比ゼロと矛盾します。」

「本来の疫学(記述疫学)では、MeHg曝露における中毒ネコの時間・地理分布を描きます。しかし、発症の時間分布をネコは喋れないので教えてくれません。それでも、急性中毒死であるネコ狂死は、人々の目に曝されるでしょうから、ある程度の正確さで、その時間・地理分布が推定できるでしょう。さらに、ネコ狂死の地理分布は高濃度曝露の地理分布と一致することが期待されます。しかし、熊本の場合、ネコの漁労が人々の漁獲物を失敬することと思います。その上、その漁獲物がカタクチイワシのような回遊魚であれば、それらが漁獲された場所をMeHg汚染源発生地とすることは出来ません。1957年2~4月排水口変更前)に水俣湾外の津奈木合串でネコ狂死が多発しました。水俣湾の恋路島から直線距離で13km北東の合串でネコ狂死が多数発生したのであれば、既に水俣湾外の八代海が濃厚なMeHg汚染レベルであったことになるでしょう。しかし、その報告を受けた水俣保健所長が現地調査したところ、水俣湾近辺での漁獲物密漁による発症だったということが判明しています(水俣病,pp832-833,青林舎,1979)。八幡プールへの排水先変更前のMeHgの濃厚汚染は、水俣湾に限られていた可能性が高い、ということを示唆しています。水俣湾における食物連鎖による生物濃縮を通しても八代海が水俣湾と同等のMeHg汚染レベルになっていなかったことを示しています。

「一方、新潟での患者宅のネコ狂死比の地理分布は、左岸側の下山(河口から1.5~2 km)で5/19,津島屋(2~4km)で16/28,一日市(4~5km)で7/21,および上江口(5~7km)で1/13,右岸側の新崎・胡桃山(河口から5~6km)で5/10,および高森・森下(6~8km)で5/12, また、横越(左岸10km)・京ヶ瀬(右岸13km)で0/13(この地区に患者は居ないので、これは対照としたネコ数)です。新潟の26人の急性・亜急性患者で河口から最も離れた地区が森下(右岸河口から8km)であり、森下地区より上流域での急性・亜急性の発症者が居なかったことの状況証拠として横越・京ヶ瀬のネコ狂死比ゼロを挙げることができるようです。また、ネコ狂死比の最高は津島屋です。しかし、ネコ狂死比の下山(5/19)および一日市(7/21)と津島屋(16/28)間に有意差はありません(p=0.098 and p=0.173)。統計学上、津島屋にMeHg汚染源が在ったと言えません。しかし、ネコ狂死は津島屋で初発しています。初発地のMeHg濃度が最高であった可能性は高いと言えるでしょう。津島屋のネコ狂死比が最も高いという統計学上の有意差が有って然るべきだとの意が強くなります。観察ネコ数が少ないことを考慮した統計を考え(工夫し)、観察ネコ数における狂死数非狂死数とのを比べました。下山(狂死数5:非狂死数14)および一日市(7:14)と津島屋(16:12)間にそれぞれ有意差があります(p=0.005 and p=0.016)。論文を書くとすれば、ネコ狂死比でなく、狂死数と非狂死数との比を用いた統計結果を掲示しようと思います。統計は、ある意味、筆者の意の居所次第です。有意差が無い方が好都合であればネコ狂死比を使えば済みます。しかし、狂死数と非狂死数の比で論述するのはやや気が引けます。」

「ですが、ネコ狂死の時間分布の情報(津島屋で初発)が有るので、とりあえずは許される統計だと思います。ちょっと待ってください。合理的かつ客観的な統計手法がありました。生存分析です。観察開始時を津島屋のネコ狂死の初発時として観察ネコの狂死の発生数と発生時間経過が比較できます。実際の計算はお手上げですが、統計ソフトのお陰で、データを入れるだけで結果が得られます。Kaplan-Meier法で累積生存曲線の地区別比較をLoglank検定した結果です。津島屋と下山では、津島屋で僅かに早く狂死が進行し、その率も高いのですが有意ではありません(χ2=2.903,p=0.088)。津島屋と一日市では、津島屋で有意に早く狂死が進行し、その率も高いです(χ2=4.007,p=0.045)。下山地区に近い津島屋地区に最も濃厚なMeHg発生源が在ったことが期待されます。」

「ところで、阿賀野川の流れのほんの一部は左岸河口から2kmの通船川(*2)を抜けて信濃川に入ります。通船川入口から対岸方向200m離れた左岸側阿賀野川に長径270m・短径100mの紡錘形の中州があります。その辺りの河川底に多くの(泰平橋下、左岸河川敷に野積みした水銀系農薬の洪水による)流失農薬が止まり、環境のMeHg濃度を高めていたと考えています。この中州は、正に下山地区に近い津島屋地区という位置に在ります。阿賀野川の川魚漁に関しては、居住地に近い所が漁場のようです。それに、患者宅の飼いネコが対象なので、患者が食べた魚と同じものをネコに与えていたとして良いでしょう。ですから、阿賀野川下流域の比較的狭い地域におけるネコ狂死の時間・地理分布は、正しく、MeHg汚染源の発生地を示していると思います。」「(*2)多くはWikipediaから引用;1730年新発田藩は、信濃川に合流して日本海に注ぐため、洪水を繰り返していた阿賀野川の河道を直接、日本海に流出させるための捷水路(ショウスイロ)を開削しました。しかし、翌年春の融雪洪水で決壊し、むしろ大々的に現在のように阿賀野川河口が日本海に開けたといいます。決壊によって出来た池は、現在、貯木場として機能しています。信濃川に通じる手前1km辺りは焼島潟と呼ばれ、通船川はそこまでであり、1967年に設置した山の下閘門(船のエレベーター)排水機場を抜け新栗ノ木川と合流し、新川として信濃川と繋がっています。通船川と信濃川との水位差は、2m前者が高いそうです。現在、津島屋にも閘門排水機が設置されていますが、設置年は検索できませんでした。1964年6月16日の新潟地震の津波によって、製紙工場のために通船川近辺に貯木されていた85%は日本海に流失したようです。しかし、焼島潟からの流失は65%に止まっています(岩淵洋子ら,海岸工学論文集,53,p1326-1330,2006))。焼島潟付近の流れが新栗ノ木川の流れに遮られているとの情報ではと思われます。」

1966年9月19日に焼島潟で採集した泥土の総水銀濃度は19.0±6.9ppm(5.6-37.4ppm,n=27)です。1966年10月14日に上記の通船川入口から200mの中州で採集した泥土の総水銀濃度は0.44ppmと報告されています。これらのデータから、1964年7月上旬に泰平橋下の左岸河川敷から流失した紙袋入りの水銀系農薬の多くが中州辺りに到達・堆積したでしょう。そして、2年3か月の間に阿賀野川の流れによって、それらの大部分は日本海に流失したのでしょう、中州の泥土に堆積したHgはほとんど流失して1ppmも残らなかったようです。しかし、中州の泥土に堆積したHgの極く一部が通船川を通って焼島潟に停留したのであれば、焼島潟の泥土に水銀が20ppm近く残留・堆積したことを説明できるのではないでしょうか。昭電(横国大・北川徹三)が主張した塩水楔説では説明できないネコ狂死の時間・地理分布および泥土の総水銀地理分布だと思います。」

ネコ狂死(急性中毒)はMeHg高濃度曝露の指標と言えるでしょう。 ネコの慢性MeHg中毒の症状が分かれば、より低いレベルのMeHg汚染の指標に出来るはずです。しかし、ネコのMeHg中毒の結末は致死です。水俣病の発生が公表された1956年5月1日以来、熊大の研究者の多くは、ネコ狂死が水俣病の原因を解く鍵と考えたようです。1958年9月、熊大武内は、水俣病症状が有機水銀中毒例に一致すると発表しました。有機水銀説は駅弁大学・ヘッポコ大学の戯言と揶揄され続けました。しかし、熊大喜田村は早速、狂死ネコの臓器中総水銀の測定を試みました。

「喜田村の専門は公衆衛生学でしたので、狂死ネコだけでなく、各地からネコを集め、試料としました。それなりの意図を持って臓器Hg濃度を比べたということです。この臓器中Hg測定実験で特筆すべきは、自然発症群と実験発症群があることです。残念な事は、ネコの体重・臓器重量などの記述がないことです。」

「腎臓中Hg濃度は自然(20.8±10.9ppm,n=3)・実験(20.1±10.8ppm,n=4)で、差の危険率は0.936と一致といっても良いほどです。自然(脳,9.2±1.6ppm,n=2;肝臓62.2±21.6ppm,n=9)・実験(脳,12.8±5.1ppm,n=5;肝臓74.3±32.0ppm,n=6)もほぼ同じです。もちろん有意差はありません。それに肝臓Hgに対する脳Hgは自然で14.8%、実験で17.2%です。測定例数が少ない(とくに自然の脳は2検体)ので統計的比較は意味づけできませんが、差はないでしょう。大凡、自然発症群と実験発症群の差はないと考えて良いと思います。」

「各臓器とは;肝臓・腎臓・脳・毛などです。MeHg曝露源(魚など)を摂取すれば、即、脳神経系に取り込まれることはないはずです。いかにも、摂取したMeHgがそのまま毒物として作用するのであれば、魚を摂取する度に、その量に応じて脳神経系はダメージを受けるはずです。そうであるなら、海洋に囲まれて生活する人々は年齢とともにMeHg中毒症になり、その症状も進むはずです。我が国の偉人達が、一切、魚食をしなかったというなら、前記したことが事実である可能性は高いでしょう。しかし、海洋人の魚不食が事実でないことに疑う余地はありません。」

「MeHg中毒に引き金があることが期待されます。経口曝露のMeHgは、まず肝臓に運ばれます。肝臓中の総水銀濃度は、発症群(平均値;69ppm,最小値-最大値;37-146ppm,検体数;n=15),芦北健康群(50ppm,5-301ppm,n=18),天草健康群(26ppm,9-58ppm,n=7),熊本対照群(2.6ppm,0.6-6.6ppm,n=5),大分対照群(1.7ppm,0.7-3.7ppm,n=8)です。平均値は環境中(摂食魚)のMeHgレベルを表していると考えられます。発症群>芦北健康群>天草健康群>熊本対照群>大分対照群という肝臓中総水銀濃度の平均値であり、そのまま環境中MeHgレベル順として良いでしょう。発症群と芦北健康群との差は有意ではありませんが(p=0.354」、天草健康群との差は有意です(p=0.001)。発症群の最小値(37ppm)を発症の閾値(threshold)と仮定します。芦北健康群から37ppm未満の14検体を除く、75,85,172,および301ppmの4検体が閾値超です。天草健康群の37ppm超(閾値超)は58ppm(最大値)の1検体です。発症群15検体では、11検体で37-68ppm、4検体で75ppm以上の、78,101,106,および146ppmです。芦北健康群の172ppmおよび301ppmの2検体の存在は、経口曝露量だけがネコ狂死の必要十分条件でないことを示唆しています。」

「毛(髪)は、MeHgの排泄器官のひとつです。また、そのMeHg濃度は肝臓のそれらと同様に、曝露量の指標とされています。その総水銀濃度は、発症群(46ppm,22-70ppm,n=4),芦北健康群(55ppm,9-134ppm,n=11),天草健康群(77ppm,18-128ppm,n=7),熊本対照群(8.4ppm,0.2-29ppm,n=5),大分対照群(2.3ppm,0.5-3.5ppm,n=5)です。平均値は天草健康群>芦北健康群>発症群>熊本対照群>大分対照群です。発症群の最大値(70ppm)を超える検体が芦北健康群に4例(80,87,89,および134ppm)、および天草健康群に3例(117,118,および128ppm)を確認できます。統計的な差を検討するには発症群の検体数が4例と少ないので比べないことにします。しかし、二つの地域の健康群ともに平均値が発症群より高い上に、発症群のそれらの最大値を超える濃度の検体が複数例あることは、想定外のデータです。」

「したがって、単純に、肝臓中および毛髪中の水銀濃度が曝露量の指標と決め込むのは正しくないと思います。」

「次に腎臓と脳の総水銀濃度を示します。腎臓の水銀の大部分は無機Hgです。腎機能が正常であれば、肝臓から送られた血液中の血球MeHgおよび血漿中の蛋白質結合Hg・MeHgは濾過の対象でないので、そのまま血中に残ります(*3)。また、無機水銀イオンの形で濾過されたHg(の大部分)が尿として排泄されます。したがって、尿として排泄できず、蓄積した無機Hgが腎臓の水銀と考えています。腎臓の総水銀濃度は、発症群(20ppm,12-36ppm,n=7),芦北健康群(3.3ppm,0.2-6.8ppm,n=18),天草健康群(2.5ppm,0.9-4.0ppm,n=7),熊本対照群(0.2ppm,0.1-0.3ppm,n=3),大分対照群(0.5ppm,0.1-0.8ppm,n=7)です。二つの地域の健康群の最大値(6.8ppm,および4.0ppm)は、発症群の最小値(12ppm)に届いていません。腎臓の総水銀濃度の6.8ppm超~12ppmがネコ狂死の閾値と考えられます。」「(*3);正常な腎機能下の血中MeHgは脳血管関門を通過できないのではないかと考えています。そして、脳血管関門を通過しなかったMeHgが毛のHgとして排泄されたと考えました。MeHg曝露量が多量であっても、腎機能が正常であれば、尿(無機Hg)および毛(MeHg)からの排泄がそれなりに円滑に進むのではないでしょうか(*4)。」

「脳の総水銀濃度は、発症群(12ppm,8-19ppm,n=7),芦北健康群(2.1ppm,0.7-4.1ppm,n=15),天草健康群(1.7ppm,0.13-3.6ppm,n=6),熊本対照群(0.06ppm,0.02-0.12ppm,n=3),大分対照群(0.09ppm,0.05-0.13ppm,n=5)です。腎臓Hgと同様に脳Hgでも二つの地域の健康群の(4.1ppm,および3.6ppm)は、発症群の最小値(8ppm)に届いていません。脳の総水銀濃度の4.1ppm超~8ppmがネコ狂死の閾値と考えられます。」「(*4);腎機能が低下すると、血中の無機Hgイオンを濾過・排出できません。血中の無機Hgイオン(*5)が脳血管関門の機能を低下させることで、脳中にMeHgが侵入するようになり、MeHg中毒が発現すると考えます。(*5);MeHg関門の機能低下は無機Hgイオンに限らず、重金属(無機イオンとして・水俣湾ではFeイオン/Mnイオンが高濃度だったと考えられます)との共存でも起こると考えます。」

「このような関門(barrier)の考え方は&o説です。白木の妊娠ネズミへの塩化エチル水銀と塩化第二水銀のトレーサー実験がネガティブヒントです(水俣病,pp655-657,青林舎,1979)。血液胎盤関門を通過できない無機の203Hgは胎盤で完全に止まっています。一方、世間(水俣病研究者)の常識ではアルキルHg(MeHgやEtHg)は容易に胎盤を通過し(血液胎盤関門を抜け)、胎児に浸入すると言います。しかし、白木のラジオオートグラムは、塩化エチル水銀の203Hgのほとんどは胎盤に停留し、ほんの一部が胎児に浸入していることを示しています。妊婦時の母の血液は、肝臓⇒胎盤⇒胎児の流れと考えました。通常(非妊娠時)は肝臓⇒腎臓⇒全身です。肝臓では一部のMeHgを(腎臓での排出処理のため)無機化します。そんな肝臓由来の無機化された無機Hgイオンが血液胎盤関門の機能を低下させ、エチル水銀の203Hgの一部が胎児に浸入したという考えです。世間が言うように、摂取したMeHgが容易く脳に浸入するのであれば、魚食量の多い人々は全員、MeHg中毒を発症するのではないでしょうか。」

「新潟の狂死ネコの肝臓・腎臓・脳の総水銀濃度はそれぞれ10074,および1.7ppmです。報告はこの1例に限られています。発症ネコにもかかわらず、の1.7ppmは、熊本の推定閾値4.1~8ppmに遠く及びません。一方で腎臓の74ppmは、熊本の推定閾値6.8~12ppmを大幅に超えています。この差異が、海産魚と川魚の無機質の代謝の差から生じたのではないかと考えています。」

「臍帯中MeHg濃度および胎児性患者の地域分布が異なっている(**)ことから、重金属の共存状態におけるMeHg曝露が胎児性患者の発生に強く関連していると考えています。臍帯は発生学上では胎盤の一部です。したがって、胎盤(臍帯)MeHg濃度を一方的に胎児のMeHg曝露量の指標と考えるのは正しくないと考えます。(**)臍帯MeHg濃度は出水市民>水俣市民です。胎児性患者の数および重篤さは断然、水俣市民>>出水市民です。アセトアルデヒド生産には触媒として酸化水銀を使いましたが、助触媒として二酸化マンガンあるいは硫酸鉄を使いました。MnあるいはFeの共存下のMeHgの方(水俣湾内での曝露)が、それらが共存しないMeHgより(水俣湾外の八代海での曝露)も胎盤通過が容易だったと解釈できます。臍帯(胎盤)MeHgは重金属共存で胎児体内に浸入し易いので、MeHg中毒(胎児性患者)の発生数と重篤さが進むとの考えです。この辺りの思考は、全て安藤説なので、世間では“&oの独り善がり説“と片付けられることでしょう。機会があれば実験等で証明すべき事です。」

水俣湾・八代海沿岸および阿賀野川流域の生態系の異常から、様々な思考が生まれました。水俣病事件とは直接関係していない(海生研OB会&一般人)の皆様の忌憚のないご意見・批判がいただければ幸いします。

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