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新潟水俣病裁判

2015年3月15日(既投稿)-再掲・訂正&「加筆・追記」

先週、医学部勤務時代にそれなりにお世話になった先輩(s19生)とメールで再会しました。20年以上音信不通状態でした。早速、農薬によるメチル水銀汚染について、具体的に「宿題」などの例を挙げて&oの考えを披露しました。

ところが、酢酸フェニル水銀系農薬は水銀汚染という問題はあるが、含有メチル水銀量が微量なので水俣病は発生しないこと、さらに、この問題(農薬中の含有メチル水銀量)は水俣病研究者が議論を尽くして結論したことを挙げ、熊本水俣病と新潟水俣病はいずれも疑いなく「公害」であると、&oの調査・研究の方向においてメチル水銀汚染・水俣病を視野に入れるのはおかしいとの意見(忠告に近い)をもらいました。

「先輩への反論という部分もありますが、新潟水俣病裁判であった『酢酸フェニル水銀系農薬中のメチル水銀濃度に関する論争』について記します。」

新潟水俣病裁判の記録

(a)被告=昭和電工は、昭和41年中酢酸フェニル水銀農薬にメチル水銀化合物が混入しているかどうかを実験分析した結果、ECDガスクロ(*)により、試薬中0.05%、農薬原体中0.13%ないし0.25%のメチル水銀を検出したので、その結果を直ちに厚生省に報告した。(b)そこで、昭和41年12月、科学技術庁の指示により、被告と厚生省とがそれぞれ試料(酢酸フェニル水銀試薬、農薬原体、無機化合物)を持ち寄って、いわゆる交換分析を行なうこととなり、厚生省側では、試験研究班員の国立衛生試験所と東京歯科大学がガスクロ分析を担当することにした。被告の分析の結果は、厚生省側提供の酢酸フェニル水銀試薬に0.05%、農薬原体中水銀には0.13%ないし0.15%のメチル水銀が含まれている旨の数値が出たが、厚生省側からのそれぞれの分析結果は公表されなかった。(c)そして昭和42年1月中、国立衛生試験所において、同試験所および神戸大学、新潟大学、東京歯科大学、東京理科大学、厚生省食品衛生課の六機関立会のうえで同じガスクロ実験分析をしたところ、酢酸フェニル水銀試薬中に含まれるメチル水銀化合物は0.005%ないし0.009%という結果が出た。但し、右実験分析においては、時間の制約から、20分ないし30分以内にできる限り多くの試料を処理する必要があっため、メチル水銀に相当する位置を経過後直ちにつぎの試料の注入を行なうなど、極めて変則的な方法をとっており、立会者らは、この方法が測定値の正確を期するうえで非常に危険であることを認めている。「(*)電子捕獲型検出器のついたガスクロマトグラフ;電子、とくにハロゲン電子を特異的に、さらに感度よくキャッチする検出器なので微量の塩化メチル水銀の定量分析に使われます。また、ハロゲン電子を特異的に検出出来ることから、塩化物(フッ化物・ヨウ化物・臭化物)の定性分析としても有益です。」

ここまでの裁判記録にあるにもかかわらず、その当時の研究者が酢酸フェニル水銀(試薬)のメチル水銀含有率の定量実験で得られた0.005%ないし0.009%(裁判では0.01%と四捨五入値が使われた)を以って酢酸フェニル水銀系農薬(原体)のメチル水銀含量として認識したようです。

国立衛生試験所、神戸大学、新潟大学、東京歯科大学、東京理科大学、厚生省食品衛生課の六機関の内の各大学には当時の水俣病研究者がいました。しかし、どうみても御用学者集団です。農薬の分析は調合した各製薬会社に目隠し試験として数値を出させれば済むところを、わざわざ、国の主導でデータ(それも農薬原体でなく試薬を使った)を出し、極めて変則的な方法と言いながら、そのデータを正当化したのは如何なものだと思います。

文系の研究者であっても、この裁判記録からでは、農薬中メチル水銀の正しい定量値として0.01%を採用できないのではないでしょうか。「裁定した裁判官の真意を知りたいものです。」さらに、0.01%という数字が先輩を含めた研究者に蔓延したのは、どういった経路・経過があったのでしょうか......。「先輩が言い放った、『水俣病研究者が議論を尽くして結論した』を俄かに信じることは出来ません。」

「残されたデータ

一方、これとは別に科学技術庁による新潟水銀中毒に関する特別研究における試験研究班が、薄層クロマトグラフィー(TLC)による各種有機水銀化合物の定性・定量分析を行っています(新潟水銀中毒に関する特別研究報告書,pp126~129,科学技術庁研究調整局,1969;以下、この報告書をAと記します)。TLCの試料には水銀系農薬原体と思われるS-112, S-161, S-167, S-174と記されたものが使われており、その全てに2つの明瞭なスポットが得られています(A,pp129)。標準試薬としての酢酸フェニル水銀塩化エチル水銀が使われていますので、TLC試料が酢酸フェニル水銀主剤の農薬原体であると予想されます(A,pp129)。しかし、このTLC展開の際、塩化メチル水銀を標準試薬として採用していません。報告書では各試料の定性・定量に関しての記述はありませんが、各試料の薄層クロマトグラム上に2つのスポットが在り、それらの展開位置が酢酸フェニル水銀塩化エチル水銀の標準スポットの展開位置と異なっていることが図から読み取れます(A,pp129)。したがって、各試料の構成成分は酢酸フェニル水銀塩化エチル水銀のいずれでもないことが推定できます。別のTLCによる標準試薬の移動距離(極性)からは塩化フェニル水銀および塩化メチル水銀の展開距離にほぼ一致するようですが(A,pp128)、ここでもS-112等の農薬原体と思われる試料と塩化フェニル水銀および塩化メチル水銀を同一プレート上で展開させた薄層クロマトグラムは示されていません。酢酸フェニル水銀からメチル水銀が生成するという事実を隠すため、塩化フェニル水銀系農薬を試料としたのではないかと思えてしまいます。

また、塩化メチル水銀を薄層クロマトグラフプレート上で確認するには少なくともメチル水銀として0.2μgが必要と記されています(A,pp143)。したがって、農薬原体中に含まれる0.009%濃度(ここでは厚生省の発表した酢酸フェニル水銀試薬中のメチル水銀濃度を敢えて用いています)のメチル水銀をTLC上で検出するためには最小で2.2mg(0.2μg÷0.009%)を超える農薬原体の展開が必要です。しかし、2.2mgという負荷量ではTLCプレート上にスポットすること自体もかなり難しい上に、スポットできたとしても激しいテーリングが起こるので、明瞭な(独立した)スポットを得ることは、ほぼ不可能です。報告書にあるように2つの明瞭なスポットを得たのであれば、農薬原体中のメチル水銀濃度%以上であったことになります。酢酸フェニル水銀系農薬が “稲イモチ病”の予防と治療に、長年、集中的にかつ大量に使用されました。したがって、酢酸フェニル水銀系農薬に混在する%メチル水銀が、重大なメチル水銀汚染を発生する可能性は否定できないでしょう。酢酸フェニル水銀系農薬の原体0.15%のメチル水銀が含まれているとする昭電(被告)側の測定値は、試験研究班の試薬測定値0.009%の16倍です。試験研究班%という値は半定量値なので採用しにくいでしょう。しかし、農薬原体での分析値と試薬での分析値を入れ替えたことをどう正当化するのでしょうか。

新潟水銀中毒に関する特別研究報告書に別のフェニル水銀系農薬のTLC分析結果が記されています。酢酸フェニル水銀系農薬原体20mgを1ml-95%エタノールで溶かした農薬原体溶液の10μlおよび50μlをTLC分析したところ、10μlの場合は酢酸フェニル水銀のスポットのみ検出されていますが、50μlの場合は酢酸フェニル水銀のスポットと標準塩化メチル水銀に一致するスポットが検出されています(A,pp273-275)。フェニル水銀系農薬原体中のフェニル水銀の含有量は裁判でもその数値は厚生省と被告との間で争われることなく0.17%~0.4%含まれているとされています(水俣病-20年の研究と今日の課題, pp204,有馬澄雄編,青林舎,1979)。1ml-95%エタノールで溶かした農薬液50μl中には1000μg=(20mg × 50μl ÷ 1000μl)の農薬原体が含まれていると算出できます。そうすると、その中のフェニル水銀量は1000μg×(0.17%~0.4)=1.7~4.0μgと推定できます。塩化メチル水銀のTLC上検出限界0.2μgと記されていますので(A,pp130)、検出されたメチル水銀濃度は最小でも酢酸フェニル水銀の5.0~11.7%[0.2μg÷(1.7~4.0μg)]含まれていると逆算できます。厚生省の示した0.009%の550~1300倍の値を試験研究班が間接的に報告していることになります。

さらに、重要な記載があります。酢酸フェニル水銀系農薬原体200mgの95%エタノール溶液20mlを用いて再結晶を試みています。アルミナGを担体とする薄層クロマトグラフィー(移動相;クロロホルム:メタノール:水=80:20:2)で、濾過液試料(再結晶操作によって主に夾雑物が濾過液に移る)に、酢酸フェニル水銀および標準塩化メチル水銀同じRf=0.45(移動距離)でナフチルチオカルバゾンによる発色で標準塩化メチル水銀と同じ赤~赤紅色酢酸フェニル水銀は、Rf=0.15,赤~赤紫色スポットを認めています(A, pp273-275)。再結晶試料からは酢酸フェニル水銀スポットだけが認められています(A, pp273-275)。酢酸フェニル水銀系農薬に含まれていたメチル水銀は主成分(再結晶成分)ではなく、夾雑物(数%以下;濾過液成分)ということになります。したがって、酢酸フェニル水銀系農薬の大量散布では夾雑物としてのメチル水銀農業用水に溶出し、阿賀野川に流出したことが期待されます。

厚生省は終始農薬原体の分析結果を公表しなかった上に、試験研究班(主体は厚生省の所管する国立衛生研究所)は酢酸フェニル水銀農薬原体中のメチル水銀の定量分析に消極的でした。結果として、(化学の知識に精通していないだろう法学専門家の)裁判官に酢酸フェニル水銀試薬中のメチル水銀濃度を酢酸フェニル水銀系農薬原体中メチル水銀濃度と同じであるとの判断を誘導した可能性があるのではないでしょうか。筆者が調べた限りですが、その後も厚生省による酢酸フェニル水銀農薬原体中のメチル水銀濃度の公表はもちろん、酢酸フェニル水銀系農薬のメチル水銀分析をした形跡はありません。

昭電(被告)にとって工場廃液説を否定するための塩水楔説(1)を完成するために水銀系農薬原体中のメチル水銀濃度が相当に高いという証明が求められていました。そのために様々な水銀系農薬原体の水銀分析を行っています。塩水楔説を展開した北川は、種々の水銀系農薬のうち塩化フェニル水銀およびヨウ化フェニル水銀で製剤した農薬にはメチル水銀はほとんど含まれないが(フェニル水銀中のメチル水銀含有率;平均値 0.026%,最小~最大 0~0.1%,分析試料数n=9,農薬1㌧当りの平均メチル水銀含有量0.75g)、酢酸フェニル水銀製剤にはある程度(0.86%,0.08~3.0%,n=15,29g)含まれると報告しています(水俣湾と阿賀野川,pp86-87,北川徹三,紀伊国屋書店,1981)。また、酢酸フェニル水銀製剤に含まれるメチル水銀はフェニル水銀の酢酸体の分解によって生成すると予想し、メチル水銀の生成量はフェニル水銀の化学形態で異なることを指摘しています(同上,pp86-87)。そうであれば、阿賀野川流域における水銀系農薬の使用量が1年間で1000㌧を超えていましたから、それに含まれているメチル水銀量は750g~29kgとなり、それが二か月間(7月下旬から9月上旬)に散布されたのだから、決して無視できない数値だと思います。チッソが流したメチル水銀の推定量は4kg~40kg/年です(水俣病の科学,pp179,西村肇,日本評論社,2001)。一日当たりに換算すれば水俣湾よりも阿賀野川のメチル水銀量の方が多いとさえ言えるほどです。昭電の塩水楔説はかなり無理な原因設定だと思いますが、フェニル水銀系農薬中のメチル水銀含量を明らかにすることは重要だと思います。しかし、すでに、日本国内では水銀系農薬は製造、販売が禁止されており、入手して水銀系農薬原体中のメチル水銀含量を明らかにすることは困難です。全国の農家の片隅に残された水銀系農薬があれば、環境省および民間によるダブルチェックの水銀分析ができるのですが…..。」 「(1)塩水楔説;夏季の渇水期における満潮時の海水は、河川水よりも海水の比重が大きいために、海水が河床を伝い、河川水を持ち上げるように遡上する様子をいう。1964年6月16日の新潟地震で発生した津波が、山形・秋田・青森の東北3県に海上輸送する水銀系農薬を一時保管中の新潟港埠頭倉庫を襲ったことで、水銀系農薬が日本海に流出したという。昭電の主張;その時の水銀系農薬が新潟港(信濃川河口)から5 ㎞離れた阿賀野川河口域の日本海に流れ着き、夏季の渇水期に阿賀野川を遡上した。この塩水楔の遡上最大距離である5 kmは、正しく、泰平橋の架かる地であり、新潟水俣病の26人の急性・亜急性患者の発生地が、新潟港埠頭倉庫の水銀系農薬で汚染されたと説明した。水銀系農薬1㌧当たり、メチル水銀が最大でも0.4 gとの報告を得ている厚生省(何故か原告側に立っている・本来なら中立の筈だが....)は余裕を持って、塩水楔説と対峙した。昭電の主張する1㌧あたり29 gのメチル水銀が正しいと認められれば、新潟水俣病裁判はもっともめていたことでしょう。」

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