コンテンツへスキップ

第三章 鹿児島湾第六水俣病

今回の鹿児島湾のメチル水銀汚染については、すでに和文論文として投稿しています。ネット検索では「粘土科学」→(→;クリック)粘土科学-J-Stage → 粘土科学の掲載論文が検索できます。画面の右上側に過去の巻号を選ぶ、巻50→号3→検索→の中ほどまでスクロールで下りてもらえば、「メチル水銀による環境汚染と疫学:鹿児島湾を対象として」に行き当たります。其処のPDF形式でダウンロード→で掲載論文が読めます。今回の投稿では、論文に記載しなかった「鹿児島湾のメチル水銀汚染」を中心に報告したいと思います。

鹿児島湾のメチル水銀汚染問題についても、きっかけは1973年5月22日の第三の水俣病(有明海第三水俣病)の発生を疑う報道(朝日新聞)です。これまでも記述したように、国は魚介類の漁獲・販売を規制するための暫定基準を、総水銀濃度が0.4 ppmを超え、同時にメチル水銀濃度が0.3 ppmを超えた場合と定め、その基準の下で水銀使用工場のある10県の9水域(水俣湾、八代海、有明海、徳山地先、新居浜地先、水島地先、氷見地先、魚津地先、酒田港内)の魚介類、および全国の水揚げ魚介類、さらに指定河川の川魚と底質土の水銀調査を実施しました。この9水域の調査で、水俣湾の23魚種中5魚種、徳山湾の28魚種中5魚種が暫定的規制値を超えており、水俣湾および徳山湾だけが水銀汚染海域と指定され、それぞれ全魚種の漁獲が規制されました(朝日新聞,73.11.10)。

続いて、全国47都道府県の268水域における魚介類303種類の22,403検体、プランクトン616検体、合計23,019検体について水揚げ魚介類の水銀総点検が行なわれました(環境白書,1974)。その際、新潟県関川河口の直江津地先海域の14魚種中4魚種、および鹿児島湾奥の19魚種中5魚種がその暫定的規制値を超えており(環境白書,1974 & 朝日新聞,74.9.6)、直江津地先および鹿児島湾奥では、暫定基準を超えた魚種に限定した漁獲の自主規制となりました。自主規制に罰則はありません。直江津地先のメチル水銀汚染については、いつのまにか関川第五水俣病問題(第一章として報告)に覆われてしまい、「公害」が疑われたものの、行き着いた汚染源は、関川最上流の火山性水銀とされています。この火山性水銀という結論は「鹿児島湾の大々的な環境調査とその結果」を受けて報告されました。なお、鹿児島湾奥のメチル水銀汚染魚は、2017/9/11の本ブログ投稿の「我が国におけるメチル水銀汚染-序章」に記したように、タチウオ,キアマダイ,ソコイトヨリ,アナゴ,マアジ,オオメハタ,アオリイカ,アカカマス,ヤガタイサキ,マゴチの10種です。アオリイカ以下の4種の生態系(沖釣りはしないのでは?)がメチル水銀汚染源を想起させてくれます。

ところで、水揚げ魚介類の水銀総点検に加え、17河川・水路の川魚の水銀点検が行われています。116検体の中、9河川(渚滑川、常呂川、無加川;以上北海道、赤川;山形県、櫛田川;三重県、宇陀川、芳野川、名張川;以上奈良県、川棚川;長崎県)の河川魚40検体(34.5%が暫定的規制値相当を超えていました(環境白書,環境庁,1974)。川魚は現在でも漁獲規制対象外とされていますが、この時は、それぞれの河川において魚種(ウグイ・ニゴイ・フナ等)を指定して流域住民に対する食事指導が行われました。赤川と川棚川を除く(例外というべきでしょう)7河川には水銀鉱床があったことから、汚染源は一方的に水銀鉱床ということになっています。何とこれが、川魚が漁獲規制対象外となっている理由でもあります。政府の詭弁が色んなところで幅を利かせています。しかし、9河川流域の全てに水田があり、水銀系農薬が例外なく使用されています(9/9とも一致)。水銀鉱床原因説では因果関係の評価における関連の一致性(consistency)が得られていません(7/9は一致・2/9は不一致)。

さて、鹿児島湾の住民の健康調査について記すことにします。鹿児島県では74年12月から翌年11月にかけて鹿児島県民の頭髪を採取し、総水銀を測定しています。74年12月の頭髪採取の対象者は湾奥漁協、湾奥一般住民、および県庁職員(男のみ)でした。湾奥の漁協は、錦海(加治木)、錦江(牛根)、および福山(福山)の3漁協がありますが、残念なことにその内訳の記載はありません。75年3月には枕崎漁協、枕崎農家、および県職員(男のみ)を、また、75年4月~8月に牛根漁協、および牛根一般住民を、また、75年10月に根占の漁協と一般住民、および75年11月に大根占の漁協と一般住民を追加しています。

疫学手法としては記述疫学であり、生態学的研究(頭髪総水銀濃度;HairHgの地理分布)を目指しているようですが、横断研究(時制の一致が必要)になっていません。75年10・11月に調査した大隅半島南部の根占(佐多岬側)と大根占(桜島側)の男性だけの地域比較は可能です。根占漁協(男61人;平均値8.4 ppm)、根占一般住民(男13人;7.5 ppm)です。大根占漁協(男34人;8.0 ppm)、大根占一般住民(男14人;6.2 ppm)です。根占≒大根占という仮説に止まります。

枕崎では漁家と農家の比較ができます、漁協(男11人;9.6 ppm,女9人;3.6 ppm)、農家(男18人;7.7 ppm,女21人;3.7 ppm)です。漁家および農家共に男>女であり、魚食量の男女差を反映しています。一方、男では漁家>≒農家ですが、女では漁家≒農家です。枕崎では農家でも良く魚を食べているようです。

最初に手掛けた74年12月の調査は、一部、横断研究になっており、一般住民(県庁職員)における湾奥と鹿児島市の比較が出来ます。また、湾奥における漁家と一般家庭、および漁家における男女の比較ができます。湾奥漁協(男81人,最高値117 ppm~最小値5.1 ppm,平均値35.5 ppm,女28人,65.3 ppm~1.9 ppm,15.2 ppm)、湾奥一般住民(男13人,23.8 ppm~3.0 ppm,10.2 ppm,女3人,7.1 ppm~3.3 ppm,4.7 ppm)、および県庁職員(男16人,16 ppm~3.5 ppm,8.2 ppm)です。生データでないので統計上の検定は出来ません。多分、漁家>一般家庭 and 男>女であり、魚食量の、漁家>一般住民、および男>女を反映しています。しかし、地域比較では、湾奥一般住民男≒or≧県庁職員男(鹿児島市一般住民?)であり。湾奥に汚染源があるという仮説は立てられません。

一連の調査の最大の目論見であったであろう湾奥地区と牛根地区との比較は、時制が一致していないので、両者に差が有ったとしても、地域差/年次差/季節差(?)が混在しており、それらの何れかという判断はできません。とりあえず牛根のHairHgを記します。牛根漁協(男157人;31.5 ppm~1.7 ppm,10.9 ppm,女98人;23.7 ppm~0.9 ppm,5.7 ppm)、牛根一般住民(男12人;22.2 ppm~2.4 ppm,9.7 ppm,女26人;11.1 ppm~1.5 ppm,3.8 ppm)です。漁家では男女共に、湾奥>牛根ですが、一般住民では湾奥≒牛根です。なお、県庁職員については75年3月のデータ(男3人;8.0 ppm~5.2 ppm,6.3 ppm)がありますが、強引に74年12月と比較して季節差(冬季>春季)があるとの主張は無理でしょう。

季節差については中野(日衛誌,40(3),685-694,1985→この論文も日本衛生学会から検索できます)が1975年の3月および10月に鹿児島市で出産した母児の母体血・臍帯血・胎盤・臍帯の各種水銀(無機水銀・有機水銀・総水銀)濃度を比較しています。母児の各血液・臓器ともに3月>10月です。既に、アカカマス,ヤガタイサキ,およびマゴチを除く7種は自主規制の対象になっていたこともあり、3月>10月の季節差がメチル水銀汚染魚の摂食で生じたと考えなくても良いと思います。すなわち、鹿児島湾(湾奥・湾央・湾口共々)環境中メチル水銀レベルに季節差が有ったと言えるでしょう。季節差が火山活動に依存していたことを証明すれば、火山説は有力です。

鹿児島県は、HairHgが湾奥>牛根であると判断しました。メチル水銀汚染源が牛根よりも湾奥に近いという仮説を採用したということになります。しかし、「有明海第三水俣病問題のシロ判定(水俣病患者は居なかった)」に成功した政府に指導されたであろう鹿児島県は、水俣病患者が居ないことを証明するために湾奥漁協の男性(漁師)でHairHg 40 ppm以上の者30人中15人に対して「水俣病検診」を実施しました。湾奥漁協に65.3 ppmの女性が居たことは記録されていますが、この女性はこの検診から外されています。女性の頭髪は一般に長いので、生え際から1 cm(頭髪の伸びは1.1 cm/月)刻みで測定することも可能です。全体で65.3 ppmの測定値に変動があれば、極大・極小値はもちろん、その生え際からの位置からメチル水銀曝露の時間分布が得られます。メチル水銀汚染源解明の相当な知見が得られたことでしょう。

HairHgを40 ppm以上としたのは、一種の目暗まし、と考えてしまいます。当時、水俣病発症の条件(閾値)としてのHairHgは50 ppmとされていました。基準を下げて「丁寧に・詳細に」検診したとするパフォーマンスということです。対象者を漁師に限定したことは、一般人に対しての水俣病検診を省く上ではそれなりに賢明です。魚食量が非常に多い漁師に水俣病症状が無ければ、一般人に出ることはない、という量反応関係に則った判断です。

さて、検診では4人の手袋靴下型感覚障害者が見つかっています。この症状の有る八代海沿岸住民であれば、水俣病特措法によって210万円の一時補償金が出るという水俣病の基礎疾患です。4人のHairHgは、40.9,43.2,44.7,および116.9 ppmであり、15人のHairHg分布では、低い方から2, 3, 4,15番目です。HairHgとこの症状の出現に量反応関係が得られていません。したがって、中毒学の原則に従えば、4人の症状はメチル水銀中毒症でないことになります。しかし、頭髪総水銀濃度は、時間分布が曖昧な曝露指標です。定量分析に用いた頭髪の生え際からの距離や長さが一定でないからです。鹿児島県(検診は鹿大医学部)が一般的な中毒学の原則で以ってメチル水銀中毒でないとの判断をしなかったのは、次の一手が残っていたからです。

手袋靴下症状を有する4人を含む10人は変形性脊椎症であると診断されています。変形性脊椎症による特異的症状として手袋靴下感覚障害が出現することを挙げ、4人の手袋靴下型感覚障害はメチル水銀中毒によって出現したのではなく、変形性脊椎症によって出現したと結論しました。鹿大医学部のお歴々は疫学を無視しています。15人は漁師です。漁師の3人に2人が変形性脊椎症を有し変形性脊椎症を有する5人に2人に手袋靴下型感覚障害が出現するのであれば、漁師の職業病として変形性脊椎症と手袋靴下型感覚障害が有ると警鐘する必要があるはずです。何が何でもメチル水銀中毒という健康影響は無いと報告したかったようです。

このようにして、鹿児島湾奥第六水俣病問題は無かったことになりました。しかし、潜水艇まで持ち込んだ大々的な環境調査の結果、暫定的と断わりを入れながらも、「桜島の海底火山活動が最も疑われる」と結論しました。少なくともメチル水銀汚染源についての報告をしたということです。

その結論に至った拠り所のデータを披露しておきます。海水中総水銀濃度(半定量)1974年5月14-16日(0.5μgHg/L=0.5 ppb以上の検体数/採水数→湾奥2/9,湾南1/21),7月24・25日(湾奥10/38,湾南9/42),10月15・16日(湾奥1/54,湾南0/43),1975年1月22・23日(湾奥0/45,湾南0/105),3月3日(湾奥のみ12/101);桜島爆発回数1974年5月上中旬10回,7月中下旬34回,10月上中旬14回,1975年1月中下旬9回,2月中下旬25回です。0.5 ppbというHg濃度は排水基準なので、それが環境中で検出されるということは尋常ではありません。高濃度Hg検出率と桜島爆発回数との相関係数は0.579と比較的大きいですが、有意ではありません(p=0.306)。しかし、環境研究班は、1974年7月に最大値0.37 ppm=370 ppbを検出したことと、1974年6月・7月および1975年2月に桜島の噴火活動が活発だったこととに関連があるものと推察される、と記述しています。また、370 ppbの検水の水温が周辺水域よりも2-3℃高いという温度差が火山活動(海底噴気)の影響以外は考えられないことも、水銀の検出が火山活動によるものと推論される、と記述しています。これが暫定的報告の実態です。

暫定的報告には海水中総水銀濃度における地理分布を検討した跡が見当たりません。海底噴気孔は福山町沖の海底200 m に在り、「たぎり」と呼ばれており、海上からも、その泡模様が確認されます。370 ppbの海水の採水地は、姶良重富の思川河口と鹿児島市の北端海岸である大崎鼻に挟まれたNo8区画(最深部120 m)の水深60-90 m です。「たぎり」から直線距離で西に10-12 km 区画です。海底噴気孔から370 ppbの水銀塊がどうやって移動したのか見当もつきません。海洋科学技術センター時代の橋本氏に採水していただいた「たぎり」直上の全海水(濾過海水)の総水銀の最高濃度は450(12) ppt(ng/L)でした。同時に採水した直上5 m ・10 m ・20 m の全海水では平均10 pptでした。直上わずか5-20 m離れた(移動した)だけで1/50の濃度になった「たぎり水銀」が10 km 移動して800倍以上になったというミステリーな解釈です。

鹿児島湾奥のメチル水銀汚染が桜島の海底火山活動という暫定的報告に、素早く反応したのが「鹿大医学部」でした。自然由来のメチル水銀は同時に水銀と結合して減毒作用を持つセレン(Se)を含有していることを挙げ、「自然由来のメチル水銀汚染なので水俣病症状が出現しなかったのだろう」、というコメントを発しました(鹿児島湾がメチル水銀汚染状態であったことを認めている)。既に湾奥漁協の4人の漁師が呈した手袋靴下型感覚障害は、変形性脊椎症による症状と診断しています。Seの減毒作用でメチル水銀中毒症としての手袋靴下型感覚障害は発現しなかった。正に、「4人の手袋靴下型感覚障害は変形性脊椎症による症状であるという証拠」、と言いたかったのでしょうか…..。

彼らの変形性脊椎症説に蓋然性を持たせるための自然汚染説(桜島海底火山活動説)だと飛びついたに過ぎません。メチル水銀汚染魚が検出された時よりも、現在の桜島の火山活動は活発です。鹿児島湾海水中メチル水銀レベルはメチル水銀汚染魚が検出された1974年から10年、1983年に亘って年々低下しました(Ando et al, Environ Sci, 10, 313-326, 2003)。それでも鹿児島県は自然汚染説だと主張し、環境レベルに低下した10種の魚介類の漁獲の自主規制措置を継続しています。

安藤説(農薬説)は、多くの状況証拠(過去のデータのみ)で支えられています。農薬汚染なので、変形性脊椎症による手袋靴下型感覚障害であったことを改めて証明すべきだと思います…. ….「過去には戻れない」、という背景(現実)にしても、権威(環境庁・鹿児島県=多くの著名な研究者の調査,鹿大医学部)は常に正しく、凡人の主張(真実であっても)は戯言と見なされてしまうようです。この先も、安藤の独り善がりは続きます。

公開日 2018年10月31日作成者 tetuando

Translate »