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第五章の2 富山県の河川域

神通川流域

神通川下流域に注ぐ熊野川下流にチメロサール(エチル水銀チオサルチル酸ナトリウム;今もなお外国ではワクチンの防腐剤として使われています)の生産工場があり、1969年9~11月採集の神通川流域のウグイおよびアユの総水銀・メチル水銀・エチル水銀の各濃度を測定し、工場由来のエチル水銀が汚染源と報告されています(川崎軍冶ら,神通川における水銀汚染に関する調査研究 特に汚染源調査について,日衛誌,28, 392-399, 1973)。

川魚を採集した神通川流域河川の地図・位置関係を記します。神通川は富山市中心部を流れる総延長120 kmの一級河川です。神通川河口から8 km,および10 kmの上流で、それぞれ井田川、および熊野川が合流しています。井田川・神通川の合流点から井田川の8 km上流で山田川と合流しています。井田川・山田川の合流点から井田川10 km上流で室牧川と合流しています。神通川河口から40 km上流で高原川および宮川(岐阜県)が合流しています。

熊野川は神通川の河口から10 kmで合流する支流です。熊野川下流の神通川との合流地近くにチメロサール生産工場がありました。川崎らは、熊野川等の支流を含む神通川流域の魚種別(アユ&ウグイ)の総水銀・メチル水銀・エチル水銀の水銀形態別に各濃度を測定しています。1969年頃の水銀分析技術によるメチル水銀・エチル水銀の定量は発展段階だったと思います。一方、総水銀の定量はほぼ正確でした。そこで、ここでは総水銀濃度についてのみ検討することにします。川魚の採集地を、工場廃液が下流に運ばれるとして、工場廃液の流入域(A;熊野川および神通川との交流点より下流の神通川・神通大橋)、および非流入域(A以外の河川)に分類しました。総水銀を幾何平均値ppm,95%信頼区間,例数で表示します。廃液流入域のアユ(1.13,0.25-5.07,4),ウグイ(3.28,2.11-5.11,11)です。廃液非流入域のアユ(0.09,0.04-0.21,7),ウグイ(0.39,0.30-0.52,33)です。アユ、およびウグイの総水銀濃度はいずれも廃液の流入域が非流入域よりも有意に高いです(p=0.002 and p<0.001, respectively)。工場廃液が水銀負荷源のひとつであることの説明となっています。

上述したようにメチル水銀・エチル水銀の定量は不安定でした。川崎らは川魚中のエチル水銀濃度を当時の最新機器として登場したECD-GCで測定しています。試料ホモジナイズから塩酸-ベンゼンで有機水銀を抽出しています。塩酸の塩素イオン(Cl)が過剰であるため塩化メチル水銀および塩化エチル水銀として抽出されるのでECD(electron chapter detector;電子捕獲検出器)が適応できるとしたものです。当時の最新技術を導入した分析法ではありますが、論文記述の有機水銀分画の精製法では有機水銀以外の有機物が混入した可能性が否定できません。GC分析そのものがRT(retention time;保持時間)だけが定性情報です。したがって、エチル水銀とほぼ同じRT物質を全てエチル水銀として定性・定量するという誤差の存在を否定できません。工場廃液が流入する神通川下流で川魚に高濃度エチル水銀が検出されています(ウグイ;0.69 ppm,アユ;0.09 ppm)。工場下流の熊野川でエチル水銀が検出されたのは当然でしょう(ウグイ;1.54 ppm,アユ;0.35 ppm)。高濃度であれば、GCピークも高く先鋭なので、定量値は比較的正確だと思います。一方、廃液の非流入域の各河川の川魚のいずれからも低濃度ですがエチル水銀を検出しています。ウグイ・アユは回遊・遡上をしますので、一時的であっても神通川下流も生息域なので、エチル水銀が検出される可能性は否定できません。しかし、神通川下流から40 km以上も離れた宮川や高原川のウグイ・アユでもエチル水銀が検出されています。珪藻苔を食むアユにエチル水銀が含まれていたのであれば、その環境水・土壌にもエチル水銀が含まれていたことを示す必要があります。川崎らは、神通川流域の河川底質、および流域土壌の水銀分析(総水銀&有機水銀)をしています。しかし、工場廃液排出地以外のどの神通川流域でも、しかも神通川下流の神通大橋の底質からも有機水銀(メチル水銀・エチル水銀を分別定量していない)を検出していません。

ところで、山中らは、神通川流域のウグイから検出されたエチル水銀が、非汚染河川としての上市川・白岩川・常願寺川のそれらからは検出されなかったことを根拠に、神通川流域が工場廃液のエチル水銀で汚染されたと別途報告しています(山中すみへ・上田喜一,魚類における水銀の動向について 日衛誌, 29,574-581, 1974)。

工場廃液の非流入域の川魚の総水銀濃度はそれほど低くはありません。そこで非流入域について、川魚の総水銀濃度(ppm,対数値)を従属変数(Y)、合流河川数(X1)を説明変数、採集年(X2;’68年=0,’69年=1)、および魚種X3(アユ=0,ウグイ=1)を共変数として重回帰分析を行いました。得られた回帰式はY=0.257X1‐ 0.081X2 + 0.404X3 ‐ 0.968です。すなわち、ウグイ(X3=1)がアユ(X3=0)より高いことを調整すると(p=0.003)、川魚の総水銀濃度は採集年X2で差はありませんが(p=0.717)、合流する河川数(X1)の増加に伴って有意に上昇していました(p=0.007)。

工場廃液が流入しない流域での合流河川数の増加、すなわち河川水の増量による川魚総水銀濃度の上昇は河川水のメチル水銀が合流・相加した可能性を示唆しています。工場廃液は上流に遡上しないはずです。工場廃液以外の水銀負荷源は水銀系農薬と考えられます。したがって、神通川流域で水銀系農薬散布由来のメチル水銀が各河川水に合流・相加したと予想できます。また、付着珪藻を食むアユの二段よりも水生動物を食むウグイの二段~三段の生物濃縮の方が高いという食物連鎖の整然とした位置関係を示しています。なお、川崎ら(1973)は、‘69年7月に神通川流域で採集したアユ5検体の総水銀を測定しています(幾何平均値0.87 ppm,95%信頼区間 0.40 – 1.87 ppm)。採集地の記載はないのですが、廃液非流入域で採集が行われたのであれば、‘69年9月~11月採集のアユ(0.09 ppm)と比べれば明らかに‘69年7月採集試料の総水銀濃度に高い季節差の存在を指摘できます。季節差が稲イモチ病対策の水銀系農薬の散布によって発生した可能性を指摘できそうです。

 

小矢部川流域

富山県高岡市を挟むように小矢部川と庄川が流れています。小矢部川流域には、2つのクロルアルカリ(食塩から水銀電極法でNaOHとCl2を生産)工場(*1)とHgCl2を触媒として塩ビモノマーを生産する工場がありました。青木は関連の河川底質および川魚の総水銀およびメチル水銀濃度を測定し、それらの工場廃液による水銀汚染の実態を調査・研究しています(青木弘,水銀による環境汚染に関する研究, 第2報,日衛誌, 24, 546-555, 1970)。最も小矢部川河口に近いクロルアルカリ工場(河口から1.5km上流)の対岸には製紙工場がありましたが、調査対象にはしていません。

(*1);この2つのクロルアルカリ工場は、有明海第三水俣病問題が起った時の、10県9海域の対象海域に係る水銀使用工場です。

クロルアルカリ工場(河口から 5 km上流)と塩ビモノマー工場(河口から 4 km 上流)は小矢部川右岸で約1 km離れて操業していました。河口から 2.5 km上流に城光寺橋が通っています。クロルアルカリ工場と塩ビモノマー工場の中間地(A)、塩ビモノマー工場と城光寺橋の中間地(B)、それぞれの右岸と対岸(左岸;川幅 60 m)の底質を採集し、水銀分析を行っています。総水銀濃度は、A右岸;11.7 ppm,B右岸;5.4 ppm,A左岸;2.4 ppm,B左岸;1.6 ppmです。メチル水銀濃度はA右岸;0.014 ppm,B右岸;0.002 ppm,A左岸;0.001 ppm,B左岸;0.002 ppmです。クロルアルカリ工場の廃液が水銀負荷源である可能性は高いです。しかし、底質の採集地Bからだけでは塩ビモノマー工場の廃液が水銀負荷源であるか否かを検討することは出来ません。A右岸の総水銀濃度に対するメチル水銀濃度(MeHg/THg)は 0.12% (0.014/11.7)です。一般的な微生物のメチル化能(1/106)より高いことから、クロルアルカリ工場の廃液がメチル水銀を含んでいた、あるいは微生物が水銀耐性能を獲得したことなどが考えられます。B左岸のMeHg/THgは0.125%(0.002/1.6)であり、A右岸からの流出(塩ビモノマー工場から 400 m;城光寺橋手前 1.1 kmで小矢部川は蛇行している)がB左岸に届いたのかもしれません。また、工場廃液と関連しないと考えられる小矢部川流域 8か所の底質の総水銀濃度は、1ヶ所のNDを除くと、中央値1.6 ppm,範囲 0.9~2.7,例数 7です。メチル水銀濃度は、ND;2ヶ所,Tr(0.001 ppm 未満);4ヶ所,0.001 ppm;2ヶ所です。

対照として小矢部川河口から東に 20 km先に河口を持つ上市川流域で底質を5ヶ所で採集し、それらの総・メチル水銀濃度を測定しています。それらの総水銀濃度は、ND;3ヶ所,0.6 ppmと 1.0 ppmです。メチル水銀濃度は、ND;4ヶ所,Tr;1ヶ所です。

青木は農薬由来の水銀についても調査しています。小矢部川流域(1968年6~7月)、および上市川流域(1968年7月)の、それぞれ 2ヶ所、 および3ヶ所で水田土壌を採集しています。水田土壌;総水銀濃度、およびメチル水銀濃度は、小矢部川流域; NDと 0.05 ppm,およびNDと 0.001 ppm、上市川; 0.5, 0.9, 0.7 ppm,およびND, 0.001 ppm, NDです。水田土壌のMeHg/THgは、小矢部川流域;2%(0.001/0.05)、上市川流域; 0.11%(0.001/0.9)です。小矢部川の水田土壌のMeHg/THgの 2%が正確な値であって、さらに採集が 6~7月(北陸での稲イモチ病対策は7月中旬以降9月上旬まで)のうちの7月であれば、水銀系農薬中にかなりの量のメチル水銀が含まれていたことを指摘することが出来ます。上市川の0.11%であっても無視する値ではありません。新潟水俣病裁判で国が提示した酢酸フェニル水銀系農薬中の水銀濃度は0.17~0.42%、その水銀中に含まれるメチル水銀は0.01%です。0.11%は11倍、2%は200倍です。とんでもない数値が得られていたのですが、青木は農薬由来の水銀の存在の有無を目的に調査を試みましたが、これ以上の調査はしていません。農薬が環境へのメチル水銀負荷源である証拠を報告したいと思わなかったのかもしれません。

ウグイ、フナ、コイ、およびナマズの総水銀濃度が測定されています。フナ、ウグイ、およびナマズの採集日は1968年6月です。ウグイ、フナ、およびコイについては平均値(検体数1~3)の記述ですので、地理分布の統計学的検討ができません。ナマズの場合、検体数は2か3ですが、総水銀濃度の中央値と範囲が記述されています。これは、検体別の体長と総水銀濃度のデータが記述されていることになりますので、地理分布の統計学的検討を行いました。

ナマズの採集地;1. 国條橋(小矢部川河口から 5 kmのクロルアルカリ工場からさらに 5 km)、2. 国東橋(1より 2.5 km)、3. 五位橋(2より 1.5 km)、4. 小矢部橋(3より 6.5 km)、5. 津沢堰堤(4より 9 km)、5より 2.5 kmで山田川が合流、6. 岩木橋(合流地より 2 kmの小矢部川)、および7. 存覚橋(合流地より2 kmの山田川)です。国東橋の検体数は2です。他はすべて3です。

ナマズの総水銀濃度の対数値を従属変数、各採集地(二区分変数0 vs 1,例えば国條橋:0 vs その他の採集地:1…..7つ採集地にそれぞれ割り当てた)を説明変数、体長を共変数として重回帰分析を行いました。

ナマズの総水銀濃度(ppm);検体数20,中央値0.97,範囲(0.36-2.80),幾何平均0.99,95%信頼区間0.80-1.24、です。ナマズの総水銀濃度(対数値)は、体長に依存する傾向にありますが(p=0.072)、体長を調整すると、国條橋(-0.159;国條橋のナマズ総水銀濃度からlog 0.159 ppm 引くと存覚橋のそれら)≒存覚橋(-0.023)≒岩木橋(-0.055)≒小矢部橋(-0.079)≒五位橋(-0.136)≒津沢堰堤(-0.044)≒国東橋 の順に低くなっています。国條橋と存覚橋・岩木橋間の差は有意ではありません(p=0.318・p=0.322)。国條橋と小矢部橋間には差のある傾向にあります(p=0.091)。国條橋と五位橋・津沢堰堤・国東橋間の差は有意です(p=0.041・p=0.004・p=0.015)。クロルアルカリ工場に最も近い国條橋が最高値を示しています。しかし、第二位はクロルアルカリ工場から最も離れた存覚橋であることから、工場廃液の影響とは考えにくい総水銀濃度です。国東橋から国條橋に掛けて、小矢部川は大きく蛇行しています。国條橋は国東橋を過ぎて800m先で蛇行が始まり、600mの半径の半円の終わりが国條橋です。そこからまた、一辺が800mの正三角形(底辺が陸地)の角を丸めた蛇行が続いています。すなわち、国條橋右岸がナマズにとっての最良の漁場(流れが停滞する地?)として期待されます。一方、国東橋は蛇行前の真直ぐな流れ(速い?)であったことが、総水銀濃度に反映したのかもしれません。ここは、川魚生態学の専門家に考察をお願いしたいところです。

対照地としての上市川(採集日;1968年7~8月)のナマズの総水銀濃度が報告されています。検体数23,中央値0.68,範囲(0.36-2.30)です。体長の記載がないので統計的な差の検討はできませんが、青木は算術平均での小矢部川流域(1.10)と上市川(0.92)間の差は有意でない、と報告しています。稲イモチ病対策の水銀系農薬の散布時期の採集であったことは、考察に取り入れていません。しかし、国條橋から岩木橋(存覚橋)間の河川水に工場廃液が加わらないので、上市川を対照地として記載したのは工場廃液が水銀負荷源と予断していたということでしょう。青木は、フナとウグイの総水銀濃度ppmの算術平均値において、いずれも有意に小矢部川流域(フナ;0.49,ウグイ;0.58)>上市川(0.32,0.19)であった(p<0.01・p<0.01)、と報告しています。

実際のフナとウグイの採集地(位置関係はナマズの採集地などを参照してください)と総水銀濃度ppm(例数,中央値,範囲)を列記します。フナ;国條橋(25,0.58,0.08-1.20),ウグイ;C;クロルアルカリ工場と塩ビモノマー工場間(5,0.40,0.14-0.70),D;河口に近いクロルアルカリ工場と城光寺橋間(5,0.20,0.14-0.36),国條橋(25,0.68,0.04-1.40),津沢堰堤(5,0.26,ND-0.55),五位橋(5,0.15,0.09-0.20)です。

統計解析は出来ませんが、明らかに国條橋のウグイの総水銀濃度が最高です。フナは国條橋だけの測定です。そうすると、小矢部川流域>上市川であるとした算術平均値の差は検体数の多い国條橋のデータに引っ張られたものということになります。地理分布を無視した平均値の検定は情報バイアスの塊です。工場廃液の影響を無視できない2ヶ所と国條橋のデータを外した津沢堰堤と五位橋のウグイの総水銀濃度(10,0.15~0.26,ND-0.55)は上市川(ウグイ;25,0.18,ND-0.53)のそれらと同等ではないでしょうか。上市川のフナは25,0.29,ND-0.74です。津沢堰堤と五位橋のフナのデータは有りませんが、両者の総水銀濃度が同等であった可能性は否定できません(調査計画に含まれていたが、国條橋以外のフナの採集が出来なかったのでしょう)。小矢部川流域と上市川流域の共通点として水田耕作をしているということは外せないでしょう。水銀系農薬が水銀負荷源のひとつであった可能性は十分あるでしょう。国條橋とて最寄りのクロルアルカリ工場から5 km上流に位置しています。クロルアルカリ工場からの工場廃液の影響を考慮して選ばれた2ヶ所の採集地(C&D)のウグイの総水銀濃度が国條橋のそれらより低いことから、工場廃液だけが水銀負荷源であると説明することは無理だと思います。

これまでのメチル水銀汚染に関する海生研OB会HPへの投稿において、必ず水銀系農薬が水銀負荷源として登場してきました。疫学上の因果関係の評価における「関連の一致性=全国何処でも」,「関連の時間性=水銀系農薬の使用量低下&使用中止とともに汚染レベルの低下」,そして「関連の強固性=米作地帯で顕著な汚染⇔阿賀野川・関川」を説明してきました。

残っているのは「関連の特異性=河川水が流れ込む閉鎖系内湾でメチル水銀汚染が発生する⇔鹿児島湾徳山湾不知火海」に関して、東京湾琵琶湖におけるメチル水銀汚染のことを投稿する予定です。「関連の整合性」に関しては、酢酸フェニル水銀系農薬の空中散布によって相当量(定量的ではないが⇒保存中のセレサン石灰中の添加Hg量の低下することは報告しました)のメチル水銀が生成したことを証明すれば、ますますゴールが近づくと思います。しかし、これとて、酢酸フェニル水銀系農薬からメチル水銀が生成しなければメチル水銀汚染は発生しなかったのだから、既に、事実・事件として逆方向から証明しているといっても過言ではないと思います。いよいよ、全国のメチル水銀汚染の投稿が終わりに近づいています。もう少し、お付き合いください。

公開日 2019年2月8日作成者 tetuando

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