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続・臍帯メチル水銀濃度の謎 – 胎児性水俣病患者を対象として

原田正純先生が試料とした299人の保存臍帯に22人の胎児性水俣病患者(胎児性患者と後述)のそれらが含まれています。前回、出生地が記載された219人の臍帯メチル水銀濃度の地域差は有意で、出水≫水俣>芦北3町(芦北と後述)と記しました。22人の胎児性患者(水俣9人・芦北5人・出水8人)の臍帯メチル水銀濃度の分布に地域差があるのでしょうか。今回、この地域差に係る幾つかの知見を紹介したいと思います。

22人の誕生日は1950年7月7日から1965年2月11日の間にあります。そこで、1950~65年の臍帯メチル水銀濃度(従属変数)がどのような要因(説明変数・共変数)によって変動したのかを重回帰分析で確かめました。対象者(その他:胎児性患者)は、水俣53:9人・芦北30:5人・出水62:8人の167人です。1950~65年の間に発生した事象を統計解析における要因としました。アセトアルデヒド年間生産量は説明変数で唯一の連続値です。その他の要因は時間分布(対象者の誕生日の分布)が異なるとした二区分変数(0 vs 1)です。生産工程の変更(変更前=0 vs変更後=1 ;助触媒⇒二酸化マンガンから酸化鉄,アセトアルデヒド回収法⇒加熱蒸溜法から真空蒸溜法)、排水先の変更(百間港=0から八幡プール=1へ,八幡プール=1から百間港=0へ)、水銀系農薬の散布(普及前=0 vs 普及後=1)、水俣湾地先における漁獲の自粛(自粛前=1 vs 自粛後=0,自粛解除前=0 vs 自粛解除後=1)を説明変数としました。それから、臍帯(メチル水銀濃度)が保持する特質から共変数を探しました。探し当てた共変数は、児の性,児の出生地(水俣,芦北3町,出水),誕生月の季節(1~3月,4~6月,7~9月,10~12月),臍帯メチル水銀の分析法(赤木法=0 vs その他の方法=1)です。そして、胎児性患者(1)か否(0)かという要因を共変数として加えました。

ところで胎児性患者22人(その他の対象者145)の臍帯メチル水銀濃度うち3(4)人、のそれらが0 ppmと報告されています。胎児性患者3人の全てが出水住民であり、その他の対象者4人は全て水俣住民です。また、0 ppmの測定値の全てが5人の分析者のうちの1人に特定されています。そもそも、臍帯メチル水銀濃度が0ということは有り得ないので、データは採用できないと考えるのが一般的です。しかし、そのような選択をすることは、特定された分析者のデータは全て使えないことになります。そうすると、全体の資料数が大幅に減るので、統計解析が成立しにくくなります。

実は、統計学的な問題を生じさせることなく0 ppmを除外する方法があります。それは、メチル水銀濃度(実数)そのものでなく、その対数値を使います。log10(0) 数学では存在しないので、必然的にデータ群から除外されます。また、本来統計学で数値群(臍帯メチル水銀濃度群)を扱うには、それらのヒストグラム(度数分布)が正規分布することが求められます。臍帯メチル水銀濃度(実数)では正規分布が得られませんが、その対数値をデータ群とするとヒストグラムは正規分布します。もちろん、対象数から0 ppmの検体が減るという負荷が生じますが、正規分布という好条件をもたらします。

対数値を用いた重回帰分析のうち有意の変動があったものを列記します。1950年~1965年の臍帯中メチル水銀濃度の対数値(以下の主語)は、【以下、説明変数】アセトアルデヒド年間生産量に依存して変動をしました(p=0.034)。水銀系農薬の散布の普及後に上昇し(p=0.008)、八幡プールから百間港への再度の排水先変更で低下し(t=3.79, p<0.001, 誤差が小さいとt値が大きいという関係がある)、漁獲規制解除によって上昇しました(p=0.030)。助触媒の変更後、上昇する傾向(p=0.076)にありました。【以下、共変数】出水>水俣>芦北の地域差があり、出水は、水俣および芦北より共に高濃度でした(p<0.001)。1~3月出生>10~12月出生>7~9月出生>4~6月出生(*)の季節差があり、4~6月出生は、1~3月出生(p=0.002)および10~12月出生より低く(p=0.025)、7~9月出生より低い傾向にありました(p=0.066)。そして、これらの有意差の下で、胎児性患者はその他の対象者より高濃度(p=0.011)でした。(*)受胎月に書き直せば ⇒ 4~6月受胎1~3月受胎>10~12月受胎 7~9月受胎となります。魚介類メチル水銀濃度が低い順(受精卵の着床率の高い順 ⇒ 不妊率の低い順)と言えるかもしれません。7月・8月の水銀系農薬の散布による影響の小さい順であることが示唆される、と言うのは言い過ぎでしょうか。

数字の魔術に惑わされそうです。臍帯メチル水銀濃度の対数値でなく実数を従属変数とした重回帰分析では、異なった結果が示されました(度数分布が正規分布していないので当然のことです)。危険率の数値が異なっているだけの要因を挙げます。アセトアルデヒド年間生産量に依存した変動(p=0.040)、水銀系農薬の散布の普及後の上昇(p=0.001)、八幡プールから百間港への再度の排水先変更で低下(t=4.79, p<0.001)です。また、出水>水俣>芦北の地域差があり、出水は、芦北より高濃度(p<0.001)でした。一方、明らかに異なった有意性を示した要因を挙げます。【説明変数】助触媒の変更で上昇(p=0.039),漁獲自粛による低下(p=0.040),および百間港から八幡プールへの排水先変更で上昇(p=0.028)が有意でした。また、【共変数】1~3月出生>7~9月出生>10~12月出生>4~6月出生の季節差があり、4~6月出生は、1~3月出生より低く(p=0.001)、7~9月出生より低い傾向にありました(p=0.052)。そして、これらの有意差の下で、胎児性患者はその他の対象者より高濃度の傾向ありに止まりました(p=0.096)。

t値や危険率(p値)からは、感覚的に実数値による解析結果に頼りたくなります。しかし、重回帰分析は正規分布したデータにおける偏りを検索するのですから、ここは冷静に対数値による解析結果に基づいて考察するべきでしょう。また、客観的な選択理由もあります。対数値による解析では、胎児性患者はその他の対象者より高濃度であり(p=0.011)、実数値によった場合、胎児性患者はその他の対象者より高濃度の傾向あり(p=0.096)に止まっていたことを挙げることができます。胎児性患者の臍帯メチル水銀濃度が、その他の対象者のそれらより明らかに(有意に)高濃度であるべきと考えれば、対数値による解析結果を選択するのが妥当・客観的と言えるでしょう。

胎児性患者は妊娠後期(&oは、かつての周産期;28週以降の妊娠期を想定しています;現在、周産期は22週以降と規定されています)における胎内でのメチル水銀曝露によって脳神経系の発達が阻害されて発症したと考えています。困ったことに胎児性患者のメチル水銀曝露量の閾値は報告されていません。せいぜい、臍帯メチル水銀濃度が1 ppm以上が胎児性患者の認定基準になっているという現実があります。ところが、さらに困ったことに、胎児性患者でないにもかかわらず1 ppm以上の臍帯メチル水銀濃度の対象者が多数います。地域(胎児性/その他);水俣(5/1),芦北(2/1),出水(4/22)の分布です。臍帯メチル水銀濃度1 ppm以上の対象者における水俣と出水の患者分布に有意差があります(5/1:4/22, カイ二乗値=11.13, p=0.001)。このことは、臍帯メチル水銀濃度は胎児へのメチル水銀曝露量の指標ではありますが、両者の関係が決して定常でないことを示唆していると考えられます。水俣では急性・亜急性の水俣病患者(急性患者と後述)と胎児性患者がほぼ同じ時期に連続発生しています。一方、出水では急性患者の初発(1959年6月)は、胎児性患者の初発(1955年9月)から4年近くも遅れています。すなわち、水俣の魚介類のメチル水銀レベルは相当に高く、魚介類を多食した者と妊婦は、それぞれ、急性発症と流産・死産に至り、比較的少食の妊婦が胎児性患者を出生したのでしょう。一方、出水の魚介類のメチル水銀レベルはそれらを多食した程度では急性発症しないレベルであり、妊婦がそれらを極端に多食したことで胎児性患者の出生に至ったのでしょう。

臍帯は胎盤と胎児を繋ぐ組織であり、母(妊婦)への曝露メチル水銀は胎盤を素通りするのではなく、捕捉できなかった一部が臍帯静脈(動脈血)を通って胎児に運ばれます。胎盤の容量(発達度;重量)が通過率を左右すると考えています。血液胎盤障壁(Blood placenta barrier;BPB)機構の一つとして、胎盤組織を担体としたメチル水銀のクロマトグラフィーのようだとの考えです。この場合、メチル水銀の負荷量が担体(胎盤組織)に対して過負荷(高濃度)であれば、通過し易く胎児へと移動するので、胎盤に留まる量が減り、臍帯(胎盤末端)のメチル水銀濃度は低く抑えられるでしょう。また、メチル水銀は胎盤を通過できますが、無機水銀は通過できません。したがって、胎盤組織におけるメチル水銀の無機化(脱メチル化)という代謝活性が高ければメチル水銀の胎盤への負荷量が減り、BPBが存分に働き、メチル水銀の胎盤通過量を減らすことで臍帯にメチル水銀が十分に留まると考えられます。当然、無機化能力の低い胎盤組織の場合、胎児へのメチル水銀通過率は高くなることでしょう。

胎児性患者の臍帯メチル水銀濃度は、例数,幾何平均ppm【95%信頼区間】19,0.835  【0.481 - 1.448】です。疫学の基本は時間および地理分布です。まず、地理分布の偏りを観察するために地域別に分類しました。分類すると必然的に検体数が分散するので、誤差が大きくなってしまいます。仕方ありません。水俣;9 ,0.909【0.482 - 1.715】,芦北;5,0.355【0.046 - 2.740】,出水;5,1.684【0.895 - 3.165】です。時間分布では、検体数が22(0 ppm例を省くと19)でありながら出生年が15年間に渡っていますので、分けると大きなリスクが生じます。出生年で適正に分類することは難しいと判断します。一方、出生月(日)の分布をみると、5/7と6/28、および11/5と1/11との間に大きな間隔(不連続性)がありました。そこで出生月1-5(1/11~5/7)と6-11(6/28~11/5)に分けました。1-5月;7,0.370(0.090 - 1.516),6-11月;12,1.342【1.011 - 1.782】です。また、定番の児の性でも分類しました。女児;7,0.715【0.343 - 1.492】,男児;12,0.914 【0.392 - 2.126】です。

それぞれの要因と単独の関係を分析しました。すると、167検体の解析と同様に、出水>水俣>芦北の地域差があり、出水は芦北より有意に高い臍帯メチル水銀濃度でした(p=0.031)。出生月では6-11月>1-5月の季節差(?)がありました(p=0.013)。また、男児>女児ですが、その差は有意ではありません(p=0.666)。次に、19検体の臍帯メチル水銀濃度(対数値)に対するこれらの3地域、出生月、および児の性の3要因とそれらの交互作用の効果を調整するための分散分析を行いました。

1-5月出生の臍帯メチル水銀濃度(対数値)は6-11月出生のそれらより有意に低く(p=0.003)、水俣および出水のそれらは、それぞれ芦北のそれらより有意に高かったが(p=0.039およびp=0.004)、性差はない(p=0.114)、という結果でした。それぞれの交互作用を調整(無いものとして比較)したことで、単要因で分析した場合より、危険率が小さくなりました。そのため少ない検体数(19)にもかかわらず、167検体の解析と同じ結果を再度、示すことができたということです。先に、魚介類のメチル水銀濃度において水俣>>出水ではなかったかと記しました。地域別に分散分析をやれば、何か分かるかもしれません。ただし、検体数が減るという大きなリスクを含んでいることを忘れてはいけません。

水俣の場合(検体数9)、臍帯メチル水銀濃度(対数値)は1-5月<6-11月であり(p=0.004)、女児<男児の性差がありました(p=0.009)。芦北の場合(検体数5)、1-5月<6-11月ですが(p=0.014)、性差はありません(p=0.797)。出水の場合(検体数5)、臍帯メチル水銀濃度(対数値)には季節差および性差はありません(p=0.718およびp=0.787)。

大上段の構えになってしまいますが、水俣の胎児性患者の出生において、季節差が性差を引き起こしており、出水の胎児性患者の出生には季節要因の係わりが薄く、性差を引き起こす要因となっていないと考えました。

母児の母体血と臍帯血を得て(県立大島病院 & 出水総合医療センターから235組)それらの総水銀濃度を測定したことがあります。出水が対象になっていますが、それほど高濃度の母体血Hg濃度は検出されていません。&oには初産婦と経産婦 & 児の性への拘りがあります。他の研究者(大多数が男性)には「何故か」胎盤機能に出生順・児の性は係わらないという予断癖があります。一姫二太郎は世界中の格言です。そうであれば、初産婦と経産婦×女児と男児の組合せで胎盤機能が異なるのではないかと考えてしまいます。母体血Hg濃度に対する臍帯血Hg濃度から、母体血から臍帯血へのHgの濃縮度(neonateHg/maternalHg;nm比とします)が算出できます。

mn比を従属変数とし、母体血Hg濃度(対数値)、初・経産婦(0 vs 1)×児の性(0 vs 1)を説明変数とした重回帰分析をしました。mn比は母体血Hg濃度が高くなるにしたがって低下します(p<0.001)。初産婦と経産婦でmn比に有意差はありません(p=0.102)。女児より男児の方がmn比は低いです(p=0.037)。しかし、経産婦の男児1 & 1)ではmn比が高くなります(p=0.039)。この結果から、初・経産婦×児の性の4群で胎盤のHg代謝能が異なることが想起されます。4群別でないこの結果は採用しない方が賢明だと考えています。もちろん、この結果が次の解析法の指針になりました。4群別に解析しました。

初産婦の女児の場合;mn比は母体血が10 ppb上昇すると3.76低下する(p<0.001)。初産婦の男児の場合;mn比は母体血が10 ppb上昇すると0.54低下する(p=0.020)。経産婦の女児の場合;mn比は母体血が10 ppb上昇すると0.61低下する(p=0.014)。経産婦の男児の場合;mn比は母体血が10 ppb上昇すると0.50低下するが有意でない(p=0.164)。

初産婦は、とにかく胎児を守る機構が備わっていると言えるのではないでしょう。経産婦でも女児の場合は、何とか胎児を守る機能が働いているようです。女児を守る機構の存在が、Homo sapiens sapiensの繁栄をもたらした根本と言うのは言い過ぎでしょうか…..。

公開日2018年5月21日 作成者tetuando

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