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今回の鹿児島湾のメチル水銀汚染については、すでに和文論文として投稿しています。ネット検索では「粘土科学」→(→;クリック)粘土科学-J-Stage → 粘土科学の掲載論文が検索できます。画面の右上側に過去の巻号を選ぶ、巻50→号3→検索→の中ほどまでスクロールで下りてもらえば、「メチル水銀による環境汚染と疫学:鹿児島湾を対象として」に行き当たります。其処のPDF形式でダウンロード→で掲載論文が読めます。今回の投稿では、論文に記載しなかった「鹿児島湾のメチル水銀汚染」を中心に報告したいと思います。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染-第三章-鹿児島湾第六水俣病" を続けて読む

1973年5月22日、熊本大学第二次水俣病研究班が熊本県に提出した報告書に、1960年で終息したとされた水俣病の発生が慢性発症(慢性水俣病)の形態でその後も続いていること、さらに八代海と対峙しない海岸線の熊本県有明町(天草上島・現上天草市有明町)に認定基準を満たす水俣病患者8人、疑いの持たれる者2人、要観察者9人の存在を示す記述のあることが報道されました(朝日新聞、1973.5.22)。これは有明海の水銀汚染源がチッソ水俣工場以外、すなわち有明海沿岸の宇土市(および大牟田市)で操業する2つの水銀を使用する事業所であることを推論したものであり、新潟水俣病に続く、第三の水俣病が起きているとの報道でした。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染 – 第二章 – 徳山湾第四水俣病" を続けて読む

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依頼したセレサン石灰の水銀分析の結果報告が夏至の翌日22日にありました。分析に供した「セレサン石灰」は山本農薬株式会社府中工場で昭和36年1月10日に製造されたものです。タルク29.88%および消石灰(Ca(OH)2)69.7%の増量剤(あるいは基質)に対し、0.42%(Hg換算では0.25%)の酢酸フェニル水銀を含ませた製剤です。結果は前回記述した予想のほぼ範囲内でした。 ... "セレサン石灰 – 分析結果と考察" を続けて読む

全国に点在したメチル水銀汚染について記そうと書き始めましたが、遅々として進まず、まだ第一章・関川流域に止まっています。全国に共通するメチル水銀汚染源として稲作におけるイモチ病対策に大量散布された「セレサン石灰;酢酸フェニル水銀系農薬」が考えられます。ここまでの世間の常識に照らせば、共通するメチル水銀汚染源は工場廃液です。水銀を触媒としてアセチレンの水添加反応でアセトアルデヒドを生産すれば、反応液中でメチル水銀が副生することは確認されています。当時の関川流域の渋江川には、ダイセル新井工場でアセトアルデヒドを、日本曹達二本木工場で苛性ソーダを、また関川河口に流入する保倉川には、信越化学直江津工場で苛性ソーダを、それぞれ工程に水銀を使って生産していました。関川流域で「公害」が発生しているだろうと注目されました。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染-第一章・関川流域・米どころ" を続けて読む

原田正純先生が試料とした299人の保存臍帯に22人の胎児性水俣病患者(胎児性患者と後述)のそれらが含まれています。前回、出生地が記載された219人の臍帯メチル水銀濃度の地域差は有意で、出水≫水俣>芦北3町(芦北と後述)と記しました。22人の胎児性患者(水俣9人・芦北5人・出水8人)の臍帯メチル水銀濃度の分布に地域差があるのでしょうか。今回、この地域差に係る幾つかの知見を紹介したいと思います。 ... "続・臍帯メチル水銀濃度の謎 – 胎児性水俣病患者を対象として" を続けて読む

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我が国では、胎児の命綱である臍帯を出自の証明として保存する習慣があります。桐箱に収められた私の臍帯も何度か母に見せられた記憶があります。しかし、保存臍帯は母親の宝なのでしょう、所帯を持ってからも譲渡されることはありませんでした。そんな保存臍帯が語ってくれる貴重な情報の紐解きに挑戦しています。 ... "臍帯メチル水銀濃度の謎" を続けて読む

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この年になると、新年を迎えても、特別な何かに出会うことは少ないように思います。この年末・年始は久しぶりに鹿児島でしたので、照国神社に行きました。神社への参拝では、お願いではなく、感謝を伝えるというのが一般的ですが、「水俣病論文」が出版まで行けるように秘かに「お願い」しました。 ... "セレサン石灰(酢酸フェニル水銀含有農薬)" を続けて読む

関川第五水俣病問題の検証について、今後も何度か記せる機会は訪れるでしょう。それでも、その時々の思考内容をいつまでも覚えているか、という未来のことは分からないと思います。その意味を込めて、斉藤医師のデータが問いかけているだろうことを、とりあえず文字にしようと思います。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染-第一章・付記(関川第五水俣病)" を続けて読む

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全国(都道府県単位として発令)における水揚げ魚介類の水銀調査によってメチル水銀汚染魚が見つかったのは、前回の記述のように直江津地先と鹿児島湾奥の2水域です。全国でこの2水域だけがメチル水銀に汚染されていたと短絡した・させたのは、各自治体の姿勢だと思います。実際に、全国各地で少数の暫定的基準値を超える魚体が散在しました。その為か、全国各地からの入荷が主体の東京都では、それなりの多数の魚種・魚体の汚染魚がありました。しかし、それらの汚染魚が東京湾からの水揚げでない・回遊魚・深海魚・マグロ類などという抜け道を用いて、東京湾の調査もせずに、汚染していないと判断しました。東京都の方法を用いることで、全国各地には汚染問題が無かったと一方的に判断したに過ぎません。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染-第一章・関川流域(直江津地先)" を続けて読む

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1973年5月22日、八代海と対峙しない海岸線の熊本県有明町(天草上島・現天草市有明町)で第三の水俣病が発生しているという報道がありました(朝日新聞,1973.5.22)。1971.7に発足していた環境庁にとって初めて、その存在を誇示できる機会を得たのです。しかし、魚介類の漁獲・販売を規制するという(暫定)基準は、それまでの公害を取り仕切っていた厚生省が改訂しました。総水銀濃度0.4 ppm超、同時にメチル水銀濃度0.3 ppm超の魚介類が規制されるという基準ですが、半世紀近く経過してもこれらの数値の変更はありません。人体の安全(健康)を重視して定めた値であり、行政としては相当に勇気を奮ったと評価できるでしょう。 ... "我が国におけるメチル水銀汚染-序章" を続けて読む

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